アルザス記(2)

名にし負うバーデンバーデンはコルマールから車で一時間半で行ける。
私を案内しようと言う事で、Sさんご夫婦、N、Iの5人で出かける。
途中、ストラスブ-ルの寿司屋、早速、熱燗でトロを突つく。
この店に入ると直ぐの挨拶は
「親父! 今日はマグロ、イイのあるかい?」
から始まる。
たまたま、今日はあったけど、何時も有り付けるとは限らない。
何しろフランス人はマグロ、とりわけトロを余り食べないので、
自ずから日本人相手の仕入れとなる。
ストラスブール近辺に住む日本人の数はたかが知れている。
そんな日本人の為に常に新鮮なマグロの在庫を持つわけにはいかない。
住民の日本人の方も、
来れば必ず新鮮なマグロが有るとは限らないので、だんだんと足が遠のく。
そんな訳で店の経営も仲々大変なようだ。
窓から水門が見える。



ストラスブルグを散策。



 

 










バーデンバーデンは2時から御開帳になる。
バーデンバーデンはフランスとの国境近くのドイツ側に有る。
ヨーロッパ屈指の温泉場だ。
高級ホテルが立ち並び、ヨーロッパ中から湯治客が集まってくる。
リタイヤして年金暮らしの老人、
如何にも裕福そうに身を飾った人たちが街中溢れている。
そして、ここにはヨーロッパで良く知られているカジノがあるのだ。
威風堂々たる古城の風格のある建物、
高い天井に見事に煌くシャンデリアの下で正装した老若男女がルーレットを楽しむ。

一度経験した人なら忘れられないあのスリル、
コロコロコロ、コロッ、コロッ、コロリ、
緊張の静寂が破られ、溜息と知たり顔が交互する。
タキシードをキッチリ着こなした目つきの鋭い百戦錬磨の賭博師風情、
おっとりとして、我々の月収位の掛け札を無造作に放り投げてるのは貴族か、
或いは、中近東の王族か石油成金か、
さながら昔の映画の一場面をそのまま持ち込んだようだ。
真剣な面持ちで掛札を握り締めている日本のサラリーマンも居る。
そんな人たちに混じって中高年のご婦人たちがささやかなスリルを味合っている。
当たるとキャッキャ、
外れると世の中にこれ以上悲しい事はないとばかりに大袈裟に溜め息を漏らす。
とても楽しそうで微笑ましい。
いかにも余生を楽しんでいる様子だ。
少なくも、表面的にはなんの悲劇も感じない、微塵だにもだ。


アルザス記7







さあ! 今日はワイン街道のドライヴ第一日目だ。
心配したNさん、会社から抜け出し、直接レンターカー屋まで付いて来て呉れた。
これから先の、プロバンスやペリゴールでは自分で全てをやらねばならない.。
借り方は勿論、返し方、乗り方まで教えてくれる。
Nさん、それでも心配なんだろう、結局午前中、同乗してくれる事になった。
ガソリンの入れ方から高速道路の料金の払方まで、実地指導となる。
初めての左ハンドル、右側通行、
しかも、このところ乗りつけていない手動のギアーチェンジだ。
オートマだと倍近い料金になる。
街の中心から離れた車の少ない田舎道で、いよいよ、運転席に座る。
ワイン街道をオーケーニヒブルグ城までひたすら走る。
緊張で周りの景色も殆ど眼に入らない。
「アッ、右!右!」
細かい事は言わないNさんが鋭い声を発する。
左に曲がった時、左車線に入ってしまったのだ。
大きなミスはこれ一回のみ。
それにしてもNさん度胸がある。
ニコニコと拙い運転に耐えている。

大体コツが判って来た、左に曲がる時と、ロータリーを気を付ける事と、
大事なのは常に右側優先。
一度戻って一休みしてから、いよいよ、一人で運転だ。
車の前方のボードに、大きく「右」「右」と書いた紙を張り付けた。

コルマールから南へ10分程走ると、エギシェム、
教会を中心にした卵型の村で、
楕円状に何層かの小道が走り、その小道の両側には、
石と木の寄木細工の様な家がびっしりとつまっている。



 




一軒ごとの入れ口も窓も花で一杯だ。
屋根瓦其の物がモザイク模様になってる家もある。
殆ど垂直に近い教会の屋根のてっぺんに「こうのとり」の巣がつくってある。



「こうのとり」が作ったのか人間が作ったのかは判からない。
エギシェムの周りは一面の葡萄畑、その葡萄畑をボージュ山脈に視線を移すと
山頂に、三つの朽ちた古城が並んで、アルザス平野を睥睨している。

車の流れに慣れて来た。
しかし、フランス人の飛ばしかたは尋常ではない。
あれだけ飛ばすフランス人、車を降りた途端、
ゆったりと歩き出すのだから不思議だ。

思わず、車を停めたくなるような街、と言おうか村と言おうか、
を横目で見て、ケイゼルスブールへ。
カイゼルスブルグと読みたいが、現地の人の発音はどっちともとれる。
一寸、車を停めては地図を睨んで目印の街の名を頭に入れて走るのだが、
悲しいかな直ぐその名前を忘れてしまう。
わかり易い筈なのに、何処かへ迷い込んでしまった。
暗くなると面倒なので、諦めて帰路につく。
とにかく南を目指せばよい。
途中で、道標にケイゼルブールの名が出て来た。
そうなると簡単だ。
ローターリーも慣れるとこんなに便利なものはない。
方向が決まるまで、グルグル廻っていればよいのだ。

シュバイツアーの生家のあるケイゼルブール、
皇帝に関係があったのだろうか?

 

丘の上には廃虚となった城塞の塔が聳え、
此所から見るケイゼルブールの街はロージェ山脈の山懐にしっかりと抱かれている。







夕暮れが迫り、観光客も疎らになった街の真ん中の教会を覗いてみた。
誰も居ない。
中央のキリスト像の後ろに見事なステンドグラスが折からの夕日に光り輝いている。
静かな街の静かな教会の中、彫刻や壁画、椅子の一つ一つに歴史を感じる。

教会の前の広場に、一風変わった泉の様なものが有る。
中央に柱があり、
その柱の四方に有る獣とも人間とも思われる彫刻の口先から水が滴り落ちている。
間違いなく泉だ。
実は、教会の前で覗いたお土産屋で絵葉書を物色して見つけたのがこの泉なのだ。
以前、この会議室で誰方だったか、絵葉書の効用のご紹介があったが、
そのとおり絵葉書の泉をを指差しながら
「これは何処に有るの?」
とやったら、なんと、私の背中越に指差して、
「此所よ」
だと。 危うく見落とすところだった。





このような泉は、これから行くアルザスの村々ばかりでなく、南フランス、
や南西フランスの何処の田舎でも 教会の前の広場で見付ける事が出来た。
何らかの村の象徴となっているのであろう。

村の奥まった広場にシュバイツアーの家が忽然と現れる。
広場には難しい顔をしたシュバイツアーの銅像が街の中央の方角をジット見つめている。








アルザス記8

ワイン街道ドライブ2日目。
昨日、ドライブの練習の舞台となったオーケニスブール城は、
ボージェ山脈の小高い山の頂にあり、
此所からはアルザス平野の北から南までほぼ全貌できる。
此所でロケが行われたジャン.ルノアールの「大いなる幻影」、
をご覧になった方はご存知と思うが、入れ口が一つで、
其処から中へ入ったら最後どこからも出られない。
城の周囲は何十メートルもの断崖絶壁、確かに捕虜収容所としては最適だ。
映画では、
ジャン.ギャバンと相棒がこの断崖絶壁に紐を垂らして脱獄してしまうのだが。



こんな山の上に、こんなスケールの城を造る意図は何だったのだろう。
少なくも戦略的には何の価値が無いのではないか。
守りに強いだけだ。
守りが強い事が重要だったのだろうが、
長期戦で兵糧攻めにあったらひとたまりもない。
第一、日常の生活が大変だ。
それでも時の権力者によって、破壊、再建、焼失、
再建を何回か繰り返しているところを見ると、
何か拠点としての重要性があったのだろう。



 

アスザス平野から見た天に聳える城の威容、
城から眺望できるアルザスの全容、
これを見ていると、戦略よりも、
権威の象徴としての意味合いが強かったような気がしてならない。
大阪城とまではいかないとしても名古屋城位の規模はあるだろう。
たかがアルザスでこの規模だ。
ヨーロッパ全土を制圧した征服者の富のスケールの凄さが思い知らされる。





平日のせいか、老人が多い。
車椅子の老人とそれを押している老人とが大声で話し合ってる。
日本では余り見掛けない風景だ。
友人同士のようだが車椅子の老人の方が声も大きいし元気そうなのだから面白い。


オーケニヒブール城から20キロ余り北へ、更に、
鬱蒼としたヴォージュ山中をグルグル登り切ると、
サント.オデイール修道院が剥き出しの岩盤の上にドッシリと正座している。



盲目の聖女オデイールの伝説が痛々しい。
人里から離れ、
天に手が届くような修道院での修行に耐えた女性たちの楽しみは何だったのだろう。
「尼僧物語」「尼僧の恋」「尼僧ヨハンナ」...
映画で見た修道女達が偲ばれてならない。







修道院から少し回り道した所にある湧き水で、
老若男女がポリ瓶に水を詰め込んでいる風景は、
日本の温泉などで見られるのと全く同じだ。
ただ、この泉の周囲は霊気が漂う。

今度はワイン街道をヴォージュ山脈沿いに南に走る。
ワイン街道、
なだらかな起伏の葡萄畑の中に点々とある珠玉のような村々を、

 











文字どおり珠珠繋ぎに繋いでいる。
その城壁に囲まれた村々の、時にはその中央を貫き、
あるいは村の外れをかすめて、走るのだ。







ハイゲンシュタイン、バー、ダンバー、シュルヴォレール、オルシュヴィーレ、
ベルグハイム、リボーヴィレ、リクヴィール、ツーカイム....
どの村も入れ口に村の名前を書いた白い看板が立てられている。
そして、
出口には斜めに赤い線の入った同じ大きさの看板が立っている。
とてもわかり易い。
村の出口から次の村の入れ口までは、只々葡萄畑が連なり、
その間には民家などは一軒も無い。



その村々のどれもが自分たちのワインを持っている。
日本の中央山脈が日本海側と太平洋側の気候の違いを作り出しているのと同じように、
ヴォージュ山脈が日照時間の長い独特なアルザスの気候を作り出し、
ヴォージュ山脈から流れ出す無数の川が、良質で潤沢な地下水となる。
肥沃な大地もあいまって、こんな立地条件が、古い時代からアルザスに、
良質なワインを醸造せしめている。

時々、気が向くと、村の中央の駐車場に車を置いて、村を散策する。
木組みの家と石畳の路地裏のレストランで地ワイン、
地ビールを味あいながら、のんびりと、
中世の雰囲気に浸るのだ。

帰り道、突然、真正面から向かって来た車が、急ブレーキを掛けて左右に揺れた。
何時の間にか左側を走っていたのだ。
慌てて、ハンドルを右に切って事無きを得た。
少し馴れてきたせいもあるが、車が少ないと錯覚を起こし易い。
前に車がいる時はまず安心なのだが。

今日で、アルザスとはしばらくお別れになる。
Nさん宅に荷物を半分置いて、四週間後にまた、戻ってくる。
夜、Nさんとっておきの大吟醸でしばしお別れの乾杯!



 

熟年の一人旅(欧州編)TOP