メコンに沿って(1)


出発

 昨夜の大雨で彼方此方に被害が出た模様、念の為に一台早い新幹線に乗る。 
 新幹線は10分程の遅れたが大勢には影響無い。 
斜め前の席に後輩のTを見掛ける。 
相変わらず真っ白なワイシャツ、仕立て下ろしの背広、洒落たネクタイ、しかし、
彼の視線は宙を向いたまま動かない、近々定年の筈だ。 
こちとらは、これから2ヶ月の旅、何となく憚って声を掛けないでおくことにした。

エアーインディア。
 隣はインド人、ウイスキーをストレートで立て続けに4,5杯飲んで頻りに話しかけてくる。
「日本はスバラシイ!」
「ダイジョービ!」
彼の知ってる日本語はこれが全て、イヤーホーンを耳に当てると大声で歌い出す。
 
エアーインディア、評判ほどでも無い。 娘が、
「お酒もでないって!」
なんて警告して呉れたので覚悟して空港で「大関」を忍ばせて来たのに、
酒は飲みたい放題、日本酒の熱燗も付けてくれる。 
近くで動きまくっているスチュアレスは元お嬢さん、お二人が頑張っている。  
近年、日本でも、
「最近のOLは仲々止めなくてなー」
なぞとの声が聞こえるが、こと私に関しては左様な事は微塵にも思ったことは無い。
しかし、エアーインデアのお嬢さん達はサーヴィス過剰と言うか、
体臭が匂うほどの近さまで顔を寄せてくるのには閉口だ。
 
 隣の男に、熱燗の半分を勧めたら、以外や、一気に飲んでしまった。 
以前に何度か同じような経験が有るが、皆、一様に顔をしかめたり、
鼻をつまんだりしていたのに、このインド人は熱燗に慣れているのか、或いは、アル中かだ。
「インドに来た時はガイドをして上げる」
とくれた名刺には、旅行会社の名が有った。
「お前の名刺を呉れ」
と言われて、手持ちの名刺、パソコン通信のフォーラム用のを差し上げると、
まず、顔写真、そして、ハンドルネームについて、しつこく、尋問される。 
顔写真はともかく、ハンドルネームの説明には汗を掻く。

 何時もは一人旅だが今回は相棒が居る。 
 その相棒とはもう古い付き合いなのに、一緒に長旅をするのは始めてだ。 
相棒も旅好き、専ら僻地を好む。  
私と同じように勝手気侭人間で常に一人旅、お互いに少ない取柄の一つが偏屈、
そんな彼の、 「エアーインデアは死んでも嫌だ」
と言う強固な意志に従って、彼とは別便でバンコクのホテルで落ち合う事になっている。 


バンコク空港の日本食堂

一応、空港近くのホテルの予約はして来た。
「空港に着いたら電話して下さい、お迎えに上がります」
と言われているが、小銭が無いし、電話の掛けかたが判らない。
暫くウロウロしていると、日本食レストランの看板が目に付いた。
表は立派な料亭風だが、中に入るとガランとした居酒屋と食堂の中間みたいな雰囲気、
客は私一人、ウェイトレスが 三三五五屯している。
皆、和服を着ているが、日本人は居ないようだ。

一人の人懐っこしそうなウエイトレスが話し掛けて来た。
「ニホンカラキマシタカ?」
たどたどしいいが、日本語だ。 渡りに船で、
「予約してあるホテルに行きたい、空港に着いたら電話するように言われているが、
小銭が無くて困っている、両替出来ますか?」
と話しているつもりが仲々通じない。
カタコトの英語を交えたら、やっと、判ってくれた。
「私が電話して上げます」
メモを渡すと、小走りに立ち去った。
暫くして戻った彼女、
「私がご案内します」
と私を促す。
案内してくれたのは、さっき、何回か尋ねたインフォーメーション、
彼女が係員に一言二言話すと、近くに居た男が、
「お迎えに上がっています」
だと、その男がホテルの迎え人だった。
「其処で5分程お待ち下さい」
と傍らのベンチを指差す。
兎も角、ホテルには行けるようだ。
彼女に礼を言い、小銭を渡そうとしたが受取らない、強引にポケットに捻じ込んだ。

男の言う5分が30分程待たされる間に集まって来た四、五人の白人とホテルへ。
ホテルへの案内図には空港から1.5K、と有ったので、
いざと言う時には歩いてゆこうと思っていたが、結構長い1.5Kだ。
地図も全くいい加減、暗くなってからでも歩き出したらえらい目に会うところだった。
明るいうちに辿り着いたホテルの部屋は広々と殺風景すぎる。
カウンターで$のTCを$の現金に換えて貰えない。
これから行くラオスでは$の現金が必需品と聞いているのだが、まあ、何とか成るだろう。
カウンターの隣のテーブルで煙草を吹かしている男が、
「街に行くならご案内しますよ、タイ按摩は素晴らしいよ」
と誘いを掛けて来る、良く見ると、旅行社の出先だ。





相棒のこと

相棒は11時頃着の?航空で来る事になっている。
インドもエジプトもそう変わらないと思うのだが、彼にとっては、絶対に違う、らしい。
そもそも彼との馴初めは、私が青春を費やした会社での新入社員の実習時に溯る。
120人程の新入社員は6ヶ月程、工場を廻ったり、関係会社を廻ったり、
保養所の様なところに缶詰になったりして教育を受けるのが慣い。
或る集合教育の時だ、
何時の間にか気が有った彼と私は、最後列で軍艦ゴッコに耽っていた。
「A−3に三発」
「波高し」
「Bー2、一発」
「命中」
とか、思わず大当たりした忍び笑いが講師の耳に届いたらしい。
「そこの二人、一寸、立って!」
のそのそ立ち上がった我々に飛んだ講師殿の叱咤を遮って彼は言った、
「貴方のお話、ちっとも面白くないんです」
教場に励ましのざわめきが生じる。
そんな事がきっかけで、未だに付き合う嵌めになっている。
もっとも、その後4、5年して、
「此処は50分の時間を掛けて通って来る価値の無い会社です」
と、上司に捨て台詞を残して、彼は別の会社に移って行った。

12時を廻っても彼は現れない。
彼の着便のフライトNOだけでも受付けカウンターに知らせておこうと廊下に出る.
と、向こうから、ノッシノッシと熊が現れた。
仲々のいい男なのだが、何を血迷ったか、
最近、髭を蓄え出したものだから、容貌が一変した。
兎も角、ビールで乾杯。

あっと言う間に、彼は鼾を掻き出した。
日本との時差3時間、私にとって、朝の6時と9時の差は極めて大きい。  
私が、やっと、ベッドから抜け出すと、相棒は朝風呂を浴びている。 
私が寝ている間に、彼は散歩に出て、
表の屋台でビールを飲んで返って来たそうである。
私は極端な夜型、彼は極端な朝型だ。

つづく