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イタリア記1
ミラノ

定刻通りミラノ行き列車がコルマール駅のホームに滑り込んできた。
車掌さんが扉を開けて出迎えてくれる。
コルマールから寝台車に乗るのはたった一人だけ、
「あんたの予約してあった座席番号が変更になりました」
と二人部屋の席に案内された。
「あんただけだよ」
どうも一人占めしてよいようだ。
今回はいろいろ考慮してユーロパスは一等にしのたが、
どうしたことか長距離の寝台車はみんな二等になってしまった。
二人では一寸狭いが一人では快適だ。
ウン十年振りの寝台車、仲々寝付かれない。
パスポートもキップも車掌に持っていかれて何となく不安だ。

朝7:00時、ミラノ着。
馬鹿でかい威風堂々たるミラノ駅、さながらシャトーだ。



出掛けにNさんから手渡された携帯電話で、とりあえず、第一報を入れる。
一日一回、電話を入れる事になってしまったが、まるで子供の一人旅だ。

インホーメーションが開くまで時間をつぶしながらミラノ見物作戦を練る。
約24時間しかない。
最後の晩餐、ドウオーモ、ブレラ美術館に絞る。

これからの行程でも同じ事を繰り返す事になるが、駅に着いたら、まず、
インホーメーションでそこの地図、市街地図と地下鉄、バス路線図を入手し、
その場で予約してあるホテルなり、YHなりの場所を書き込んで貰う。
更に、そこまでの行き方、何番のバスに何処で乗って何処で降りて、
何処で乗り換えてとか、をメモして貰う。
大抵のインホーメーションでは、親切に教えてくれる。
ただ気を付けないといけないのは、
窓口を見渡し英語が話せそうな人を見つけないとチンプンカンプンになる。
私の経験では30歳前後の美人なら大抵間違い無い。
勿論、小さな駅では一人しか居ない事が多いが。

この点、日本に来た外国人旅行者は困っているのではないか。
イタリアでもフランスでも、どんな駅でも必ず、
人目に付き易いところにインホーメーションの位置が示されており、
○ に「i」の文字が入った標識が万国共通になっている。
日本では見たことがないのに(注:1997年当時)。

ホテルに荷物を預けて、街に出る。
ミラノの地下鉄は3本しかないのでとてもわかり易いが、
地下鉄は外が見えない。
その点、バスは市街見物が出来るので私はバスの方が好きだ。

早速、何時ものバスツアー、
ミラノの中心を横切りそうなバスを見繕って乗り込む。
停留所の名前と地図を見比べながら街のあらましを頭に入れるつもりが、
何処が何処だか判らなくなる。
とにかく、終点まで行って戻ってくればよいのだから慌てる事はない。
バスから見るミラノ、
流石世界の流行発進基地と言われるミラノだ。
何気なく歩いている男も女もファッション雑誌から抜け出たような装い、身のこなし、
いい男といい女ばっかりだ。
中年は勿論老人も一寸違う、御洒落だ。
子供達までも。
まるで、子供から老人までが、ファッションを競ひ有ってる感じなのだ。



ドームの横を通り過ぎて街外れに近づくと、くたびれた人が多くなる。
終点まで行って、また戻りのバスへ。
中心街に近づくと、色々な人が乗り込んでくる。
腕輪のようにキレイに二の腕に刺青した学生風の女の子、
鼻の両側と目の間にピアスの男の子、
それが全く自然にミラノの街と溶け合っている。
印度人の女性か、
これ以上はない黒い肌に整い過ぎるほどの目鼻立ちは凄さすら感じる。
ジャンギャバン風の小父さんも、皆キチンと切符にチェックを入れている。


通り掛かったショウウィンドーを覗いてみた、ミラノの普通の店だ。

女性の靴 230、000リラ
万年筆 120、000リラ
バッグ 160、000リラ
財布 40、000リラ
女性スーツ 250、000リラ

ちなみに、
腰を下ろしたレストランのビール二杯とサンドウィッチが16、000リラ。

ドウオーモの近くの、道がX字型に交叉している一角の三角形のレストラン、
入れ口のレジに頑張っているのが親父らしい。
三角形の底辺がカウンターになって居て、
その中に二人の若い男が入っている。
二人とも良く似ていてアランドロン張りのいい男だ。
どうも、三人は親子のようだ。
入れ替わり立ち代わり若い女の一人客が入ってきてコーヒーかなにか飲んで、
カウンターのどちらかの男と口がくっ付かんばかりに顔を寄せて話して、
そして、出てゆく。
そのうちに日本人の女の子も入ってきて同じ仕種で親しげに話している。
いかにも入れ揚げてるって感じだ。
不思議な事に一人もかち会わない。
女の子が出入りする度にニコニコニコニコしていた親父は客が途絶えると、
ウンターに行って何やらつまみ食いをしている。
昼間のバスツアー、ドウオーモ、ブレラ美術館も良かったが、
こんなレストランで人を見ているのもいいものだ。

14世紀に着工され19世紀に完成したドウオーモ、
完成にはナポレオンが掛かり合ったらしいが、



幾百もの尖塔を天に突き刺している姿は何と形容したら良いのだろうか。
中のステンドグラスも溜息をつかないではみられない素晴らしさだ。



こんなのがミラノのビジネス街のど真ん中にあるのだから。

ブレラ美術館と思って入った建物、
彼方此方でキャンバスを持った学生が屯している。
どうやら美術学校に紛れ込んでしまったらしい。
廊下にはそれらしい彫刻が並んでいるのに、どの部屋も画学生で一杯、
諦めて帰ろうとしたら、二階への矢印、字は読めないが、
何となくそんな気がして、ともかく覗いてみると、
なんの事はない、二階がブレラ美術館、
なんとも無造作に凄い美術館があるのだ。

正直言って、だんだんイタリアを見直してきた。
話に聞いていたマンテーニャの「死せるキリスト」、
ベッリーニの「聖母子」などが無造作に掲げて有る。
北イタリアルネッサンスの珠玉が集められているのだ。












ブレラ美術館から程遠くないポルデイ.ペッツオーリ美術館、
民家というか商家と言うか普通の街並みの間に、やっと、探す出す。
入れ口は狭いが、中は絶品が揃っている。









絵の本でよく目にするポッテイチェッリの「書物の聖母」
と呼ばれる「聖母子」をはじめ、中世の上流社会の個人のコレクションが、
家具、時計、宝石等処狭しと展示されていて趣深い。

さて、その後で悔やんでも悔やんでも悔やみきれない事が.....
ミラノの目玉の一つ「最後の晩餐」をこの目で見ることが出来なかったことだ。
「最後の晩餐」のあるサンタ.マリア.デッレ.グラツイエ教会に着いたのは、
まだまだ、3時前なのに、中に入れてくれないのだ。
見学時間は午後1時15分まで、スゴスゴ引き返す。









絵葉書をベタベタ並べたが、
生きているうちに、必ず、これだけの為に、もう一度ミラノへ来るぞ!


7:00ホテルに戻り、風呂を浴びる。
ミラノは三つ星、フレンツエは一つ星、そしてローマはYHと、
トーンダウンを決行する手筈だ。
去年の夏、恐る恐る入った知床半島のYH、
そこで出会った数々の楽しい思い掛けない出会い、
そんな出会い、冒険が、また醍醐味なのだ。
いずれにしても、明日から暫くタブ付き風呂とおさらばだ。

TVを観ても少しも面白くない。
ロックハドソンとドリスデイのコメデイをイタリア語でやっている。
明日に備えて、早寝をしようとしても仲々寝付かれない。
モソモソ動き出してホテルのバーへ。
何か美味い酒が飲みたいのだが注文の仕方が判らない。
結局、
「ワン ビヤー」
今日は朝から何杯ビールを飲んだか判らない。
お代わりの時、
「サム ワイン 」「レッド」
で通じたようだ。
ロビーも広く、バーの雰囲気もよい。
カウンターから瓶ごと持ち帰ってゆく人もいる。寝酒用だろう。

部屋に戻ると、やたら、ラーメンが食べたくなる。
日本を発って約一週間振りのラーメンの味はまた格別だ。
毎日のように食べていたラーメンなのだ。
一つ発見がある。
酒の肴に持参している雲丹の瓶詰めの底に残っていた奴、
これを箸でえぐってラーメンに和えたら、
プーンと雲丹の香りと味が漂い仲々珍味だ。
北海道で雲丹ラーメンと言うのを食べた事が有るのを思い出した。
それと、今回探し出してきた茹でる必要の無い生ラーメン、一応生ラーメンだ。
これも長旅にはもってこいである。

5:45起床。 荷造りして6:45チェックアウト。
10分でミラノセントラルに着いてしまう。
駅の中央、全ホームが見渡せる休憩所へ腰を下ろす。
いろんな色の人間が右へ左へ通り過ぎる。
日本人は直ぐ判る、
新婚らしい夫婦、男性は大きなリュックを背負い両手にも何かぶら下げている。
これも日本人のOL風の女の子の5人連れ、
大股で胸を張って歩く姿は他の国の女性と比較して少しも見劣りしない。
身軽、ハンドバッグ一つだ。
パリ東駅でもそうだったが、ここミラノでも大きなリュックを担いだ旅行者が多い。
それも若い女性が圧倒的に多い。
東京駅ではチラホラしか見掛けなのは何故なんだろう。

フィレンツエまではファーストクラスが取れた。
ガラガラと思ったのが出発間際には満席になる。
通路を挟んで二人掛けと4人掛けが有る。
殆どがビジネスマンだ。
四人掛けの私の前に座った二人連れの男と、
通路を挟んだ筋向いの男が知り合いらしく、
座るや否やペチャクチャ始めた。
そのうちに、私の隣に坐った男が、筋向かいの男と同じトーンで話が始まる。
筋向かいの二組が機関銃のように話すのだが、
当人同士は何も気にしてない様子だ。

途中で車内探検に出る。
日本でも列車旅行は殆どやってないので列車の事は良く判らないが、
日本の新幹線と似ている。
ビュッヘで先客の後ろに付く、続いて女性が来た。
前がやっとあいて、ボーイがその女性に
「ご注文は?」
って感じで聞くとその女性は私を指さして
「こちらがさきよ」
ってな感じ。
ワイン街道の銀行でも同じような事があったが、
礼儀というか、この様なマナーに接すると気持ちが良い。
ところがである。
携帯電話、彼方此方の座席で、平気で話している。
古いものにはキチンとルールが出来上がっているのだが、
新しいものには手が廻らないのだろう。

ボローニャまで果てしなく平原が続く。
今回パスしたボローニャ、ヴェネチア、ナポリ、そしてイタリヤの田舎、
いずれまた、一ヶ月位の旅を組まねばなるまい。

続く

 


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