アルル記2


宿に戻り、ご飯を炊いてモタモタしているともう10時だ。
今日は、LES BAUX, GOLDES, CARPANTRAS, VAISON-LA-ROMAIN,
ORANGE, NIMES を廻りたい。

一寸、無理かな、まあ行けるところまで行ってみよう。
朝のカマルグまでの往復が予定外だったが、
あのフラミンゴの大群が真近に拝めたのだから、まあよしとしよう。
そんな独り言を呟きながら、車を走らせると、
アルザスとも、昨日のカマルグとも違った、これがプロヴァンスだと言った中を快調に走る。
麦秋、菜の花?
とも違うようだが黄色い花が道の両側いっぱいに咲き乱れる、ひまわりも咲き出した。








あっと言う間に、LES BAUXだ。
真っ白な、巨大な岩山の上に城郭がどっかりと居座る。



切り立った自然石の絶壁の上に台地が広がる中世の城塞都市、
二重の城壁の内側に、かってその武勇でドイツ、イタリヤにまで名を馳せたLES BOUX家の居城があった。









廃虚となった城壁、櫓、見張り塔、
中世の戦いに活躍したであろう巨大な石の投擲機や戦車の戦具が、
かっての栄華盛衰を如実に物語る。

この城の中で夜な夜な音楽会、舞踏会が催されていたのだ。
着飾った貴婦人達の嬌声が初夏の風に乗って流れて来る様な錯覚に陥る。
城砦跡の頂上に立つと、
眼下に魔女や子鬼の伝説の地獄谷の奇岩がむくむくと重なり合い、
遠くアルル、カルマグ、更にはサント.ヴィクトワール山まで見渡すことが出来る。



この付近から発見された鉱物がボーキサイト、ボーの名に因んでいる。
ボーキサイトの採掘場跡の巨大な空洞に入ると、
中世の面影が突如として現代に蘇る。
最先端の技術を駆使した音と映像の超現代のショウが繰り広げられるのだ。







城砦への道沿いに、小さなお土産品屋、
こざっぱりしたレストランが周囲の景観を、むしろ引き立てる様に、感じ良く立ち並ぶ。
押し付けるでもなく、媚びるでもなく良い顔の店番達だ。
絵や陶器を並べた店も多い、創作に熱中する姿が見られる。
古い石壁の空間を色とりどりの花で埋めたレストランでの地ビールの美味さは言語に絶する。


途中、一寸覗いてみたくなるような修道院が、ポツンポツンと姿を見せる。
幾つかの街を通り越した谷間の向こうにGOLDESの街が全貌を現わした。



暫くその景観の見事さに惹き込まれる。
声も出ないとはこんな時の為に有るのだ。





城を中心に階段状に石の民家が連なる。
ここは観光客が多い。
城の周囲のギャラリー、土産店、レストランも観光客で賑やかだ。

なおも走る。
所々にこの地方独特の石を縦に積み上げた小家が点々としている、紀元前からの工法だそうだ。



みんなこの辺りの豊富な石をふんだんに使っている。





擦り減った石畳、ころがっている木、煉瓦、泥、
所々にぽっかりと開いている穴、道端の草、
どれもこれもが芸術品かと紛ごう趣を漂わせる不思議。
同じプロヴァンスでも街毎でその雰囲気が異なる、それぞれに個性があるのだ。


近くのVAUCLUSEの泉に足を延ばす。
世界で一番の水量を誇る泉だそうだ。



源泉の洞窟、
その中に立つ人が米粒ほどの大きさにしか見えない。

 



巨大な洞窟からとくとくと湧き出した水が山あいの小さな街、
FONTAINE VACLUSE を突っ切って流れ落ちるのだ。



かくも澄んで、かくも急流で、かくも豊富な水の流れは見たことがない。
ここで一夏を過ごしたら、人間やめられなくなるだろう。
清流に張り出したテラスでの一杯がまた堪らない。


一つ一つに一日掛けて味合いたいような街がそこいら中にゴロゴロしている。
今日のところはここまでのようだ、 未練を断ち切るように帰路に就く。
途中、AVIGNONに寄って、明日からの宿の予約をしなければならない。

AVIGNONのインフォーメーションでは宿の紹介はしてくれたが、
予約はしてくれない。
前のレストランで、案内書を広げる、またビールだ。
ふと、前を見ると、案内書に出ているホテルの看板が目に入った。
手軽そうなホテルだ。
早速訪れると、陽気な親父が出て来た。
「OK,OK,OK...」
何を言ってもOKが帰って来る。
しかし、宿賃は案内書に出ている値段より2割程高い。
こちらも面倒くさいから、
「OK,OK」
で話が纏まる、大きな荷物を預けてARLESへ戻る。

ARLESへ着いたのは、もう9時に近い、例のレストランへ直行、
今日で、三日連続だ、親父が握手で迎えてくれる。



「今日は、魚が有るぜ」
とニコニコ顔だ。
「貝類が食いたい」
と言うと、
「明日なら新鮮な材料が入るぜ」
これを聞いてからの魚の味は一味落ちる。

折を見ては、
名にし負う「アルルの女」を暫し眺める、鑑賞に近い。







「アルルには美人が多い」を裏切らない。
均整の取れた体付き、端正な顔立ち、黒い髪、肌は透き通るように白い。
胸をキチンと張って、なにかしら洗練ささえ窺える。
幾つかの人種の良い所取りをしてるようだ。




このあたりに「ドーデの風車」と「ゴッホの跳ね橋」がある筈だ。
橋の方は目下修理中で見れないとのことだ(98年6月)。
風車の方、宿の女主人に尋ねてもしどろもどろ、流石に我が直感力をしても理解できない。
フランス語の訛が強過ぎるなのかも知れないと強がりを思う。
あらためて、案内書を頼りに繰り出す。

あった、あった!
その昔、ドーデの本の表紙に有ったそのまんまの風車があったのだ。
小さな街、何処もかしこも花で埋もれた小さな街の外れ、
人っ子一人居ない丘の上にあの風車が堂々と辺りを睥睨している。
この風車が「ドーデ博物館」になっていると案内書にあったが、
鍵が閉ざされている。







街の小道を歩く、古い教会、多分昔の洗濯場の跡だろうか、
緑の水を蓄えた大きなプールのようなもの、
洗濯女達の笑い声が聞こえて来るようだ。





ドーデがこの街をこよなく愛した理由が判ったような気がして、一人で肯くのだ。
街の中央にドーデの像が厳めしい顔をしている。



アルザス地方がドイツからフランスに戻った時、
ドーデの言う、
「これでフランス語が話せるようになる」
が祖国愛の標本のように教科書にも載るくらいなのだが、
アルザス人にとっては、
「これでアルザス語が話せるようになる」
であるべきだと反論する。
アルザスではドーデの評判は今一つだが、此所では文句無しにドーデ様様のようだ。

レンターカーを戻す約束の時間まであと45分、
もうプロヴァンスの道は我が家同然、
ARLES迄なら10分あればいいわい、などどほくそ笑みながら、
快調にARLESの入れ口まで来る。
所が例の、ロータリー、どっちから入ってきたか判らなくなる。
2、3度グルグル廻って、エエイッままよと一つを選ぶ。
どうも違うようだ。
元来た道に引き返そうと、左へ行って、左へ行って、もう一度左へ、
どうも見たことがある道に出た。
何のことはない、何時の間にか何時もの道に出ている。
どうも、近道をしたようだ。
予定よりも10分早く着いた。

車を植木にぶつけた昨日の傷でどのくらい要求されるか冷や冷やしていると、
方向指示機のガラス代金430Fだけでよいと・・・
かすり傷は大目に見てくれたのだ。
馴れない手動のギアチェンジ車を、AT車のつもりで、ギアを入れたままエンジンを掛けたので、
前の植木に突っ込んでしまったのだ。
こちらでは、大衆車のATは見掛けない。
車の価格も勿論だが、ガソリンの消費量が違うのが理由だそうだが、
余計なものにお金は欠けないという精神的な理由の方が大きい様だ。
延べ半月のドライブでこの一回だけの事故だから、まあ、良しとしよう。

昨日のうちに重い荷物はAVIGNONのホテルに預けたので、今日は身軽だ。
と言っても、二つのカメラが肩にくいこむ。





ARLESには 古代劇場、古代の円形闘技場、



無数のローマ時代の遺跡が転がっている、
近代になって発掘されまだ発掘が続いているようだ。
街の何処を掘り起こしても遺跡が出て来るといった按配らしい。

古代劇場、紺碧の空に突き立つ現存の2本の大理石の柱は、
「二人の未亡人」
とよばれ、ARLESの象徴の様に往時の姿を止めている。





1万人の収容能力が有るというのだから驚かされる、
観覧席、舞台が再現され、今でも色々な催しに活躍している。

古代闘技場、当時の建築技術の粋を結集したローマ時代の建造物、
フランスで一番大きな古代闘技場だそうだ。
人と人、人と動物の殺し合い、興奮する観客達、そんな雄叫びがこだまして来るようだ、
こちらも1万人の収容能力、
3階か4階か、階段を登り切った屋上からの眺望も素晴らしい。





放射状に広がるARLESの街並み、白壁に茶色の屋根、
その向こうにローヌ川がゆったりと時を刻んでいる。

ゆっくりとローヌ河畔を歩む。
河畔に面したレアチュー美術館、



その大きさから55Fの入場料は高いなと思いながら中庭に入った瞬間、
不思議な魅力のある彫刻の数々に思わずオッと声を上げる。





それにも増して建物の見事さ、これだけでも55Fは安すぎる。
意匠を凝らした小部屋の数々、窓枠、







垂れ下がったランプ、屋根に突き出す飾り、どの角度からも絵になる。



窓からは、街角に佇むアルルの女が見え隠れする。



ピカソの作品も多い、直筆のピカソの絵葉書もある。







これだけでアルルは充分だ。

教会の有る広場に出た、
ついでに、一つ一つ覗いてみる、
ステンドグラスの美しさに開けた口が閉まらない。



サン.トロフーム教会をまだ見ていないのに気付く、
このあたりにある筈、広場に居たアルルの娘に尋ねる、彼女は、
「そこよ」
と指差す。
さっき一寸覗いた所だ。
表に何の標示も見つからない、もう一度入ってみる、
ずっと奥まった二階に受付けがあった。
知っている人でなければ入ってこれない。

ここでも唸るばかりだ。
今迄見た回廊とは一味も二味も異なる。



柱の一つ一つに有る彫刻、その一つ一つに謂れがあるのだろう。
擦り減った石畳、壁も天井も柱も床も、どの一個所をとっても、同じ所はない。
時間の経過が作り出した重み、渋味、中庭のシバの古木もあたりに調和して、
この上ない静かさ、荘厳さを作り出している。
プロバンスで一番美しいロマネスク教会を、危うく見逃すところだった。



アルルを取り囲む城壁をカヴァリル門から抜けるとアルル駅は目の前だ。
ゆったりと流れるローヌに沿って歩くと、口笛が出て来る。
初めてアルル駅に降り立った時にその閑散さに腰を抜かしたが、
ものの5分もあるけばアルルの町中だったのだ、知らないということは恐ろしい。

 

   
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