アルル記1



マルセイユに着いた、マリアに一声掛けようとホームに出る。
一番端が出口、
彼女が乗ったのはズット出口よりだから、もう無理かなと思いながら念のため、
人波を掻き分けて、しばらく、出口の方向に歩いたが、諦めて引き返す。
私の車両まで戻ると、なんと、マリアがさかんに車内を覗いている。

彼女はこれから一ヶ月スペインを廻るのだそうだ。
お互いに楽しい時間を持ったこと、
そして、これからの楽しい旅を祈って、握手して別れる。
(彼女とは、現在も、時折、旅先からの絵葉書を交換している)

AVIGNONに近づくと車窓の景色が益々南仏らしくなってくる。
ゴロゴロした岩が露出する崖が突然車窓一杯になったかと思うと、
小さな畠、水をたわわに蓄えた小川を従えた田園、時々海も見え隠れする。
次々に変わる風景を楽しむ。

AVIGNONに着いたのは丁度お昼時、
今日はアルルのYHが予約してあるが、
ついでにAVIGNONの宿の予約と両替をしておこうと、
重い荷物を引き摺って歩き出す。
残念、インフォーメーションも銀行も閉まっている。
2時から開くとのことだ。
仕方無しに引き返して、駅のバーで時間を潰す。
駅のバーと言っても、緑に囲まれた落ち着いた雰囲気だ。
2時を廻って重い腰を上げて行くと、駄目、今日は日曜日だった。
ガラガラと荷物を転がしての200Mもの距離を2往復だ。
またまた、駅に戻り、ふて腐って座り込む。

と、向こうの方で、ニコニコ手を振っている女の子、マリアだ。
たった三日の付き合いで、三回目の偶然だ。
マルセイユでぶらついて、これからバルセロナまで行くのだそうだ。
彼女は余り綿密に計画を立てていない。
行き当たりばったりで、気に入ると何日か滞在する、そんな旅の仕方のようだ。
彼女の出発の時間が迫る、今度こそお別れだ。
「何時か、日本に行きたい」
「何時か、ブラジルに行きたい」
その時は、お互いに案内することを約束して、握手。

アルルの駅に降り立って驚いた。
野中の一軒屋とも言うべきか、あたかも3、40年前の小海線の海ノ口駅だ。
今日は日曜日、当然、インフォーメーションも閉まっているし、
数少ない売店らしきものも、皆閉まっている。
西部劇の一場面のように、
何人かのいかにも胡散臭そうな男が手持ちぶさたに文字通りゴロゴロっとしている。
タクシー乗り場にタクシー無し、バス乗り場にバスも無い。
駅の看板を確認すると、間違い無くアルルだ。

やがて、一台のタクシー、
今回の旅の禁の一つが「タクシーを使わない」だが、
そんな事も言っていられない。
運ちゃんに、行き先を書いたメモを示すと、
「この名前はわからねー、この住所なら判るぜぇ」
と、言ってるようだ。
後で気が付いたが、
ヨーロッパ、少なくもイタリヤとフランスではユースホステルという言葉は通用しない。
案内書を良く見れば判ることなのだが・・・

アルル駅はアルルの街外れにある。
何となく、アルルとはこんなイメージというのを、先入観で作り上げていて、
そのイメージが現実と余りにかけ離れているのに慌てふためくのだ。

ものの2、3分走ると、古い城壁や街が現れた。
5、6分でYH、5時からチェックイン開始と案内書に有ったが5時までは一寸時間がある。
暫く待つと、5時ぴたりに開門、全くぴたりだ。
ニースと違ってお固いようだ。
受け付けの男は如何にも横柄で、ニースとは大分違う。
用紙にいろいろ書き込むと、一つ一つチェックする、
「1」の字のカギまでチェックされた。
神経質というか、事務的と言うか、
押し付けがましいと言うか、要するに感じがよくない。

よく、旧友に、
「お前ほど見掛けが神経質そうで、付き合ってみて、
お前ほどズボラな奴はいないなー」
言われるが、そんなズボラな私には、
YHと聞くと、
「あの規律の厳しいところ」
というイメージがこぶり付いていて、
この歳になるまで、YHは敬遠していたのだが、
日本を立つ前に、恐る恐る出掛けた知床のYHで、
自由すぎるくらい自由な雰囲気と未知の人々との語らいの楽しさを心底味合った。
「よし!それならば、海外もYHだ!」
勿論、経済的な配慮もある。
そしてローマ、ニースと期待に反しないYHの雰囲気を楽しんだのだが・・・
此所は、所謂、昔流のYHの雰囲気だ。
会員証を無くしているので料金も当然のように、非会員扱いだ。
もっとも、たいした差でもないのだが....

規律がびっしり書き込まれている紙片を渡され、
「よく読んで、規律をしっかり守ってください」
と命令される。
当然、アルコール厳禁、自炊も駄目、
重いラーメンポットを持ち歩いているのにラーメンも食えない。

兎も角、外に出る、こんな田舎町にレストランなどあるのだろうか、まして今日は日曜日だ。
そんな不安を持ちながら10分も歩くと、突然大きな通りに出る。
両側は洒落たレストランでびっしり埋まっている。

闘牛士の様な服装をした中年のボーイと目が合って一つの店に誘い込まれる。
メニューの中から平目を発見、15分掛かると言う、
「お勧めの地ワイン!」を注文すると、
CHATEAU VIRANT D'E AIX-EN-PROVENCE
というのを持ってきた。
ワインの味は分からないが、平目と合うようだ。
平目はまあまあだが、
ニースの露店レストランのに比べると数段落ちる。

斜め後ろの二人のフランス女性の会話を楽しむ。
時には川のせせらぎのように、高く低く、滑らかに、
押し殺して、時には海の怒涛のように激しく、いきり立って、
程よい間もあって、心地よく響いてくる。





演出のない自然劇とでも言ったら良いだろうか、
歌うように、詩の朗読のように止めど無く、止めど無く流れる。
勿論、会話の内容は全く判らない。

日が傾きはじめると、人通りが俄然多くなる、
閑散としていた席も、何時の間にか殆ど満席になる。
9時頃までまだ明るさが残る。
5時に仕事を終えて、こんな時間の過ごし方が、
フランス人の長いバカンスをとる習慣に繋がっていったのであろう。
こちらではTVのゴールデンタイムはどうなってるのだろう?

どうも、このYHは居心地が悪い。
場所を変えることにする。
チェックアウト前に、UROCARへ、FIATの小型を借り出す。
愛車Zに近いスポーツカー、
ポルシェあたりでプロヴァンスの町々を走り巡りたかったのだが、
安全とコストを考えぐっと堪える。

その足で、駅前のインフォーメーションへ、あと二日間の宿探しだ。
アルルの女のイメージそのままの案内女性の推薦の宿に決める。



さあ、今日は、待望のセント.マリー.ド.ラメールとカマルグだ。
コルマールのウンターリンデンとフィレンツェで強く印象に残っているマグダラのマリア、
そして聖母マリアの妹のマリアとヨハネの母マリアの三人のマリアが、
召し使いのジプシー女サラを伴い、
イエスの死後、ユダヤ人に追われ流れ着いたといわれるのが、
セント.マリー.ド.ラメール。
アルルから一走りの距離だ。

小さな町中に魚の匂いが漂っている。
其処此所の露店で、日本で見る蛤の串焼きのような貝の串焼きが煙をはいている。
今は閑散としているが、5月の巡礼シーズンには、
ジプシーの守護聖人サラを慕うジプシー達が、ヨーロッパ中から押し寄せ街に溢れるのだ。



そのサラの像のある教会の地下礼拝室、
岩を掘り下げた穴の中で、ジプシーだろうか、
何人かの男女が、靴を脱ぎ両手をだらりと下げて一心に祈りを捧げている。





祈りにはメロディーがある。
音響効果の抜群な部屋の中で、
敬謙な祈りが心地よいハーモニーを醸し出している。
こんなに美しいコーラスは聞いたことがない。
これが祈りなのだから・・・
複数の人々が同じメロディーで同じ語りだから、多分、
ジプシーたちに共通の讃美歌のようなものなのだろう。
教会の屋上から360度の俯瞰、扇状に地中海が迫る。



その扇の要にある街、どの家も白い壁と茶色の屋根だ。



セント.マリー.ド.ラメールからヴァカレス湖を馬蹄形に5、60KM程時計廻りに戻る。
この道がまた格別に素晴らしい。
馬蹄の左端から右端まで、これがカマルグ、
ローヌ川の二つの支流と地中海の間に広がる広大な湿地帯だ。









白馬の群れ、
闘牛場に出て来るような黒牛がのっそりと此方を窺う。
御伽噺にの世界に迷い込んだ錯覚に陥る。

此処は世界中からやって来る渡り鳥、とりわけ、フラミンゴの生息地として知られている。
ヨーロッパで野生のフラミンゴが見られるのは此所だけだと言う。

馬蹄形の右の南端から更に左に海の中の一本道を走る。
車慣れした小生でもそれ程経験したことのない悪路、
右左に無数のフラミンゴの群が悠々と餌を漁る。
こんなに沢山のフラミンゴの中にいて、仲々、シャッターチャンスに恵まれない。
5匹の群れ、10匹位の群れ、次々に群れが飛び交う。





車で行ける多分最先端だろう、それでも車が2、3台停まっている。
此所からは徒歩でセント.マリー.ド.ラメールまで行けるらしい。
車の上にカメラを据えて、
「この大地を踏みしめた俺を見よ」
とばかりにセルフタイマーでワンショット。


翌朝、カメラが無いのに気が付く。
今回は二つ持ってきているので、まあまと、諦める。
顔を洗っているうちに、昨夕のVATICUSの残り香のなかに、ふいと、
カマルグの先端で、車の上にカメラを据えたまま走り出したことを思い出した。
カメラは仕方ないとても、中身に未練がある。
ブラジルの連中とのショットが入っている筈だ。
マリアとの約束もある。
でも、昨日の今日だし、タップリ車で2時間の距離はある。
朝靄の中のフラミンゴを撮りたい、と思った瞬間、ハンドルを握る。
カマルグを2度訪れるのも、2度と無いチャンスだ。

朝靄の中に、地平線?水平線?
地と海と空とが一体となっている辺りまで埋まっているフラミンゴの大群、





じっと佇むもの、餌を漁るもの、いきなり羽音を立てて飛び立つもの、
右に左に飛び交うフラミンゴの編隊、
夢か幻か、いや現実なのだ。





小刻みに、車を停めては望遠を向けるのだが、
仲々、思うような写真が撮れない。
まあ、これ以上の我侭は言うまい。

そうこうしているうちに、昨日来た突端まで辿り着く。
と、何と、諦めていたカメラが、あたかも私を待っていたかの如く、
半口を開けて転がっているではないか。

人っ子一人居ない道の両側が薄黒い点々で道が隠れるほど埋まってしまう、と、
車が進むに連れて点々が消え去る。
この点々がウサギの群れと気付いたのは、
少しの時間がたってからだった。
車が近づくとそのまま両側の草叢に紛れ込むのだが、
兎にも慌て物がいるらしく、
わざわざ反対側に横切って飛び込む奴が居る。
こちとらが慌てて急ブレーキを踏む始末だ。

 

   
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