ニース記

テルミナ駅からニース行きに乗り込む。
一等のユーロパースを張りこんだのに、二等寝台しか取れない、極めて狭い。
スペイン人らしい中年夫婦、30歳くらいの女性、
イタリア人らしい学生、ビジネスマン、の6人でびっしりだ。
スペイン系のアメリカ人の奥さん、
中段のベッドに上がるのに大変、思わずお尻を押し上げる手助けをする。
韓国の焼酎が効いてきて、直ぐにダウン。

朝から騒がしい。
フランス側の鉄道がストライキで、
この汽車はイタリヤ側の国境の駅でストップ、
その先はどうなるか判らないらしい。
「国境の駅からニースまで約40kmとか、レンタカーかバスで行くしかない」
誰かが聞き込んできた。

覚悟を決めていると、一貨車だけ、ニースまで行くことになった。
沢山の荷物を抱えた日本人の奥さん連中の団体が大騒ぎでホームを変えている。

いよいよニース、窓から飛び込むコートダジュール、
紺碧の海にマリー.ラフォレの蒼い瞳が重なる。





右側の景観、絶壁が対照的だ。
前の席のイタリヤの女子学生がお菓子を差し出した。
5、6人のグループ、
その中の一人はラファエロのマリアとそっくりの顔をしている。
そう言えば、有名な画家の画に描かれるマリア、マドンナ..
にそっくりの女性がそこいらにゴロゴロしている。
男も同じだ、シーザーみたいの、アリストテレスみたいののも...

ニースの手荷物預所はストライキ中だ。
止む無く事前調査無しにバスに乗り込む。
ガイドブックには、
「no15かno17バスの終点で乗り換える」
とか書いてあるが判りにくい。
案の定、後で行く予定のマチスミュージアムに来てしまう。

なんとかかんとかニースYHに辿り着く。
チェックインは午後だから、荷物を預けて街に引き返し、
さっきのマチス美術館の近くにあるシャガール美術館へ真っ先に向う。

当然ながらシャガールオンパレード、
悲しいかな、聖書の知識が全く無いので、
折角のシャガールなのに理解出来ない絵が多い。













しかし、無神論者の私さえも、いつしか、
シャガールの世界に恍惚さえ覚えるはめに追い込まれる。
人間の安らぎ、夢、詩は宗教とは別次元なのかも..









一枚の絵の前で、車椅子の30歳位の女性の先生が、
車座になった20人位の小学生にいかにも心を入れて講義している。
20人の子供の目が、活き活きと、先生とシャガールの間を微妙に動く。
日本にもこんな実地授業が有るのだろうか。
先生の気迫と生徒の真剣な眼差しが空間でぶつかり合う。
厳しそうな先生だが、
何としてもこの子達の脳裏にシャガールを刻み込みたい、
そんな熱情、意欲が伝わってくる。
きっと、
子供たちはこのシャガールとの出会いを一生忘れないであろう。

シャガール館の庭内の売店に佇む、残念ながら、ビールは売っていない。



表に止まっているタクシーにマチス館までの道を問うと運ちゃん、
「歩いて5分だ、歩け、歩け!」
「OK]
と歩き出したら、30分近く掛かってしまった。



私がマチスに惹かれるのは一筆描きの人物の顔だ。













日本の書と同じように、一筆で輪郭も、目も鼻も描く、
私も趣味の書の延長で何回か試みているが、
なかなか、様にならないのに、マチスにかかったら一発だ。
当たり前だけど....
面白いのは、彼の描く顔はみんな左から光を受け、鼻がみんな右向きだ。
逆かな?
書と水墨画を絡めて、何か創ってやろうと思うのだが、
いざ、紙に向うと、
インスピレーションが紙の上に具象化出来ない。

マチス美術館を出て目の前の公園に腰を下ろし、
セルフサービスのビールで喉を潤す。

いろんな犬がやって来る。
豪華な毛皮を纏ったような奴、
胴よりも足が極端に短い奴、
鼻が馬のように異様に長い奴、
これ以上大きいのは居ないだろうと思われる大きい奴、
反対に、これ以上小さいのは居ないだろう小さい奴、
あたかも、持ち主達が、
「俺の犬を見てくれ!」
と競い合ってる様だ。

乳母車を引く若い奥さん達に交じって、乳母車を引く男も居る。
40歳くらいの男が胸に掛けた日本の背負いコの様なのに赤ん坊をを入れて現れた。
もう、
「可愛くて! 可愛くて!」
の仕草で、一歩一歩噛締める様に歩いている。

街まで降り通りの洒落た店にブラリと入る。
何かつまもうとしたら甘いものしかない。
ストローベリーケーキつまみでのビールは生まれて初めての経験だ。


あらためてチェックイン、
受け付けで、アラン.ドロンに似た若い男が奇麗な歯で出迎えてくれる。
イタリヤでYH会員証を無くしてしまったことを告げると、
「何か身分を保証するものをお持ちですか?」
パスポートを預けると、あっさりと会員扱いにしてくれる。
実に手際良くて気分がいい。

今回のヨーロッパの旅も半月を過ぎて、
YHもローマで一度経験しているので、大体の察しは付く。
入れ口も中もいろんな肌の色、髪の色の若者で溢れている、
熱気で圧倒されそうだ。



久しぶりに米の飯が食いたくなって、
何となく恥ずかしかったが覚悟を決めて、
共同炊事場で米を研ぎ始める。
白人の女の子が怪訝そうな顔で覗き込む。
「初めて見たの?」
私が問うと、
「イエス、何してるの? 洗ってるの?」
(砥ぐ)という英語が出てこない。
「まあ..」
曖昧な返事をしていると、
「何故、洗うの?」
と尋ねられて、返事に困る。
(砥ぐ)に拘ったが、結局、洗ってることと同じなのかな。
女の子は鼻と眉にピアスをしている。

食堂兼居間には、20人余りの若者が三々五々陣取りテンデンばらばらだ。
眉間、耳に二つ三つ、お臍にもピアスをしてる子もいる。
刺青の男の子も何人か交じっている。
トランプに興じている子が多い。
隣でも始めた、ダウトみたいなポーカーみたいな、
つい見とれていると、鼻ピアスがニコッと私を見る。
そうかと思うと如何にもドイツ系が柱を背にして一人で本を読み耽っている。
これ以上整いようが無い程端正な顔の女の子は、煙草を吹かしながら、
宙の一点を見詰めたままだ。
両手を合わせ祈るような格好で本に見入っている男の子も居る。
話してみると、みんな普通の若者だ。

飯が炊けた、海苔の佃煮をタップリのせて、
熱いご飯に齧り付く、久しぶりの飯で、
体力も一度に盛り返した感じだ。
只、この匂いは傍迷惑になってるかも...

食器を洗っていると、受付に居た例の感じのいい若者が、
しきりに、あちこちを片づけている、
やりっぱなしが多い、遅れた私が最後のようだったので、
「後は私がやるから」
というと、
「サンキュウ、いいんだ、仕事だから」
何処へ行っても、良く働く奴は良く働く。

部屋に戻ると、ドイツ系が体中真っ赤にして寝入っている。
ニースの山側の斜面に有るYHの窓からは、
ニースの街と地中海が一望の元に見渡せる。
バスも目の前に止る。
時々通るバス以外は車は殆ど通らないから静かこの上ない。
幽かにニースの街騒が届く、
心なしか、街の匂いも漂って来る気がする。

如何にも人相の悪い、逞しい腕に刺青の二人連れが入ってきた。
流石に気色が悪く毛布をかぶる。


早朝、物音で目が覚めた。 
指名手配書にでもでてきそうな同室の二人が汗をびっしょりかいて入って来た。
「山の上まで走って来たんだ、とっても見晴らしがよくて気持ちが良かったぜ」
思ったより、清々しい二人だ。
「お前、何処から来たの?」
と尋ねられる。
「日本、あんたたちは?」
「ブラジル」
「おお、ブラジル、ブラジルには親戚がいる、クリチバってところだ」
「へー、クリチバかー、クリチバなら良く知ってるよ」

毎朝、必ず30分走ってるのだそうだ、
旅の途中でもその習慣を守るその根性、参った、参った。

ニースでの二つの目的、
シャガールとマチス、は昨日済ませてしまったので今日はフリーだ。
元々、ニースは予定に無かったので、下調べも殆どしていない。
貴族趣味は柄でないし、チャラチャラしたところは好みでない、
近代美術館とマセナ美術館、下町辺り、と決め込む。
本当は、
ローカル鉄道かレンタカーででイタリアとの国境付近を巡りたいのだが、
今回はアルル、アヴィニヨン、ラスコーに狙いを絞って有るので、
ニースに長居は出来ない、
長い人生だ、次の機会に回すとしよう。

近代美術館に着くと、開館までまだ30分も時間が有る。
仕方無しに、シャトウを目指す、と、下町に迷い込んだ。



迷路のように入り組んだ狭い路地に、コマゴマしたレストラン、
骨董品屋、花、野菜、魚、酒、日用雑貨品の店がところ狭しと並んでいる。
威勢の良い呼び込みの声が千切れ飛ぶ。





かと思うと、絵、彫刻、手芸品のギャラリーが、
幾つも壁、窓、出入口を綺麗に飾り付け、思い思いに作風の自作らしい作品を並べている。
所々に由緒ありそうな教会もある。
思いがけずに、素朴でエキゾチックそのものの下町の情緒を堪能する。



一汗かいて登り切った丘の頂上の広場、
丁度発車するところのミニトレインに飛び乗る。
良く日本の遊園地などで周遊している、小さな箱型の客車が5、6個ついて、
小さな機関車が引っ張る例の奴だ。
360度のカーブを幾つか曲がって、
あれよあれよと見てる間に、折角登った丘から一気に海辺まで降りる。
大小の豪奢なヨットが並ぶ岬を曲がると、良く映画などで観る海岸通り。



(プロムナード.デ.ザングレというのだそうだが)。
沢山の男女が浜辺に寝そべっている。
トップレスもウジャウジャしている。
そんな海辺を横目で見ながら走ると海岸通りの中心辺りが終点。
50Fでお釣が来た。

ここまで来たら予定変更して、
マセナ館を先に観ようと、トップレスに気を取られながら海岸通りを歩き出す。









10分も歩くと誰かに声を掛けられた。
驚いたことに、例の同室の二人だ.





側に愛くるしい女の子、マリア、がニコニコと付いている。
少し話し込む、とっても素朴な連中だ。
悪人相と素朴とが見分けられない、まだまだ、修行が足らない。
一緒に夕食の約束する。

マセナ館につくと、門を閉める準備をしていた警備員が、
「あと20分でお昼休みに入るから出直した方がよい、正味10分しかないからね」
また来るのは面倒だ。
三階に駆け上がり、ジョセフィーンのベッドだけじっくり拝まして貰う。



黄色を基調にデザインされた部屋に黄色のベッド、
思った程の豪華さは無い。

ニース近代.現代美術館、いつもながらこのてのものはチンプンカンプン、
どうも私とは時計のネジの掛け方が異なるようだ。











また下町を歩く、皆いい顔をしている.
男も女も、老人も犬も、殆ど何も着ていない若い女も...

通りに一杯の椅子を並べている一軒のレストランに目が止った、
何と、魚の姿そのままの魚を食べて人がる、 平目らしい。
早速その斜め後ろの席に座り込む。
ボーイに、
「あれと同じもの」
と注文...きた! きた!
美味いこと、 美味いこと!
日本でも一寸味合えないコクだ。



プロバンス名物のPATICUSと苺を買い込んでYHに戻る。
部屋に戻ると女の子が居る、
吃驚したが、男女比率が設計通りゆかないのだ、
どうしてもこんな旅するのは女の方が多く、
女部屋が満員で、男部屋まで侵食してくるのだ。
結局、男6人、女2人。

慌ててシャワーを浴びて、例の連中が待っている食堂へ急ぐ。
苺とPATICUSを持参だ。
お互いに片言の英語だから話が弾まない。
そのうちに、海岸で見掛けたマリアが仲間に加わった。
彼女もブラジル人、英語とフランス語も話す。
彼女の通訳?で話が運び出した。





彼等はブラジル軍人で現在フランス駐在、陽気この上ない。
モダンジャズの話になる、
セロニアス.モンクとマイルス.デーヴィスが一番好きだってのだから恐れ入った。
私の息子くらいの歳なのに?と首をかしげる。
更に驚いた事に、日本の「サムライ」に憧れているのだと、
なんと、彼の刺青は「SAMURAI」だった。
更に更に、「アキト、アキト」と連発していたのが
「アキヒト」
天皇だと気が付いた時は仰天した。
終始、ニコニコと通訳してくれた女の子は、
心理学専攻の学生、これからスペインまで行くのだそうだ。
ブラジル人にとってスペインは特別の思いが有るに違いない、心なしか、
彼女にはスペインの血が混じっているような...
マリアという名前も、つぶらな瞳にぴったりだ。

折角のPATICUSなのに、彼等は酒を飲まない。
無理に飲ませても、一寸、口をつけるだだけ、
明朝のランニングに差し支えるからだそうだ、参った、参った。
冗談半分で、
「オリンピックランナーか?」
と尋ねたら、
「そうだ、5000Mが専門だ」
もう、何をか言わんやだ。

 


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