ラスコー記2

623
朝9時一寸前、まだPASTISが少し残っているようだ。
朝食9時まで、を思い出し慌てて食堂を探す。
内庭の反対側の食堂に入ると、20人位の女の子達、
小学校4年生位から高校の3年生くらいまでだろうか、
が両手を膝において畏まっている。
突然、美しいコーラスが始まった、素晴らしいハーモニーだ。
食前のお祈りなのだろうか、三部か四部合唱、実に見事としか言いようが無い。

食事を終って広場を歩く4、5人がハモっている、またこれが様になっている。
英語でもフランス語でもない、ドイツ語のようだ。
もしかして、何処かの合唱団?
何にかのグループが通るとそのどれもがハモっている。
私も少年の頃合唱の経験があるが、彼等の音はただ者ではない。
私がモタモタしているうちに彼等はバスに乗り込んで走り去った。


まずラスコーへ、
朝のモタモタのお陰でレセジに付いたのが11時過ぎ、ラスコーは目の前だが、
またお昼休みに掛かりそうだ。
ふと、右手を見ると、断崖絶壁の途中の横に長い断層の凹み、
2、300Mはあるだろうか、
そこに豆粒ほどの人影が動く、古代人の住居跡だ。















前を川、後ろに垂直な絶壁、
その断層の凹みを利用して古代人が住み着いていたのだ、
近くに有る博物館でその有様を説明してあったが、
有史以前から16世紀まで何等かの形で人間が住み着いていたのだそうだ。
竈、祭祀跡、戦具、人骨が生々しい、
いざ戦いの時には出入れ口を閉ざす工夫がおおらかな自然の中にあっての厳しさを伝える。
まだまだ、何層か砂泥の堆積に埋もれたままだそうだ。

ラスコー。
案内書にラスコー2と書かれている理由が現場に来て初めて判った。
30年ほど前、一人の少年と三匹の犬で発見されたラスコー、
一万年もの間人類との接触の無かった洞窟に描かれた芸術としか言いようも無い先史時代の絵画、
これに魅せられて押し寄せた人々、
その人々の持ち込んだ細菌で、ラスコーは「緑の黴」で虫食まれてしまったのだ。
今観るレプリカのラスコーからは生の感動は伝わってこない。
案内人の案内はお説教のようだ。

が、忠実に複製された動物達の絵の豊富さには脱帽。
今にも突進してきそうな4、5Mもある牡牛、おおらかに行進する馬達、
今まさに左右の敵に挑まんとする二匹の野牛、背丈よりも大きな角を持つ鹿の群れ、
、馬、山羊、羊、そのどの一つも止まっていない、 非凡なデッサン力。
どの絵にも、一万年、二万年前の人類の知性を覗わせる、決して獣では無かったのだ。
我々が先入観を持つ原人、クロマニオンではない。

















何十メートル、何百メートルも入り込んだ地中、当然生活の場では有り得ない。
偶然というか、
地中から湧き出る方解石の薄膜で絵の表面が覆われ自然の力で保護されてきたのだ。
それにしても、どんな人達が、どんな目的で、
どんな感情を持って、これらの絵を描いたのだろうか。
興味は尽きない。
いずれにしろ、有史以前の芸術家達に乾杯だ!


幾つかの小さな谷を花びらにした芯のように、
谷間にぽっかりと空が明るく開けたレゼジ、
屋外のレストランで一服する。











ゆったりと煙草を吹かす旅人達、この付近は古代洞窟の宝庫、
公開されている洞窟だけでも数箇所、非公開、未発見を含めたら無数といわれている。
何しろ一万年間にも渡るクロマニヨン達の生活の場だったのだから。

フィニャック洞窟。
シベリアで凍ったマンモスが発見されるまで、
ここの洞窟の壁に描かれたマンモスがマンモスだった。
実際に、生きたマンモスを観た人間が存在したのだ。



2.5KMを大きな電動のトロッコで入る。

 

トロッコの終点からまだ8KMか10KMだか洞窟は続いている。
要所要所に止まって、案内人が電池で示す先に、色々な動物画が姿を現す。
黒顔料、木炭?、で描かれた物、鋭利な刃物のような物で彫り込まれたもの、
そのどれもが鋭いタッチの一筆書きだ。







マンモスの鼻から背中、尾までの一筆書きの凄いデッサンに目を奪われる。
ところせましと馬、羊、パイソン、マンモス、山羊で埋まっている天井は壮観そのものだ。
これらの動物が彼等の関心の高い動物だったのであろう。



 

地下2.5KMも入り込んだ中で、ランプだけを頼りに描いたのだから畏れ入る、
当然、こんな地底で生活する理由も無いし、
何か宗教的な理由が有ったのではという説がある。


夜、昨日のバー、昨日と同じVIN,大体が昨夜と同じメンバー、
向こうの席から例の青年が親指を突き出す。
おカミさんも相変わらず一人一人の客に気を配っている。
和やかな居心地に釣られ少し過ごしたようだ。




624
有史以前博物館,名前が不確かだが、
レセジの名を世界的にした(と言っても私は知らなかったが)発掘現場をそのまま博物館にしてある。
3人の客に説明員が付いて説明してくれるのだが、さっぱり分からない。
3万年の間に出来た約11Mの断層にクロマニヨンの歴史が秘められている。
所々に火災の跡が見られる。
あの洞窟画を描いたクロマニヨンはこの断層の底の世界の人間、
と思うと気が遠くなる。

あと二つだけ洞窟を紹介しよう。
一つは、GROUTTE DE PROUMEYSSAC。
直径が5、60Mもある大小の球体を達磨のように重ねた空洞、







まるで達磨の胎内のような鍾乳洞、
天井から無数に垂れ下がる鍾乳柱、象の牙のように尖ったシャンデリア、

 

先端からは絶えず水滴が落ちている。
何億年も続く自然の営みは今も進行中なのだ。
時間のオーダーから見て、ほんの一瞬存在する人類が、
自然の営みのほんの一瞬を垣間見ているのかも知れない。
自然の創り出したシャンデリア、
それでなくとも華美なのに、更に色彩を添えた照明は演出過剰だ。

もう一つは、GROUTTE DE FONT−DE−GAUME。
ここは予約制だ、着いたのが3時、4時半の予約が取れて一眠り。
客は6人、フランス人の若いカップル、
イギリス人夫婦と小学校高学年くらいの女の子、
ガイドが
「何語で説明しましょうか? 日本語は判らないけど..」
と笑わせる、好感の持てる青年だ。
そのガイドが一つ一つ丁寧に説明してくれる。





100Mも入っただろか、二人の女が描かれている。
極端に乳と尻が大きい、この女人画は中国の古代文字に似ている。
俯き加減の女人の肩の線あたりの柔らかい線に共通点がある。
ほとんど性器だけの女も。
ガイドが一つ一つ
「判ったか?」
と念を押す、全員が
「イエス」
と言わないと次に進まない。
時々女の子が私と顔を見合わせて、ニヤッとする。
余りに何回も念を押すからだ。
ここは見る価値がある、夏場には前もって予約をしておかないと、
とても入れないらしい。


成るべく通ったことの無い道を選んだ帰り道で、また、奇麗な街を見付けた。
川幅50Mから100M位の二つの川の交点、
その二つの川に真っ白な石の橋が掛かる、
ここいらの川では河原を余り見掛けない、
川岸一杯まで緑色の水を満々とさせ静かに流れている。
LIMEVILという街だ、名の知られた保養地なのだろう、
緑の木々の間に端正なホテルの屋根が顔を出している。




YHに戻ると、受付けに何時もと違う女性、20歳になってるだろうか、
色の白い目のパッチリした美人、
一寸、肉が多いかな、とても人懐っこい感じで笑顔があどけない。
CADUINのパンフレットの表紙にある回廊の場所を尋ねると、
「付いていらっしゃい」
とばかりに、同じ建物の、違った入れ口に案内された。
「今日はもう閉まっているから、明日観たら? とってもすばらしいわよ」
って言ってる感じだ。

今日はこの辺のお祭りらしい。
広場の中央にある日本の東屋のような四方形のの古めかしい建物に、
土地の人達が集まって飲めや歌えやの大騒ぎだ。



素人らしき楽団が、
ドラム、アルト、オルガン、トランペットの構成で、枯葉、テイクファイヴ、ラメール..等等、
懐かしい曲を演奏している。

YHの中は、例の少年少女達はまだ帰っていないらしく、静まり返っている。
日記付けたり、案内書をチェックしたりして、今日は早寝とするか、とは思ったものの、
広場のバーのおばさんの顔が見たくなって階段を下りる。
入れ違いに、ドヤドヤと彼等が帰ってきた。
みな衣裳の掛かった衣紋掛けをぶらさげ、息を切らしている。

バーに行くと、
何時もの受付けの女性とさっき回廊の入れ口を教えてくれた二人が何か飲んでいる。
「ここへ坐らない?」
と椅子を揃える。
私は何時ものここの地酒の赤ワイン、仲々渋味が良い。
「ここの回廊はとっても有名なのよ、もう一つ、此所には有名なものがあるの、知ってる?」
「いや、知らない」
「此所には、キリストの着た衣が有るの」
「....」
「着たらしい、だけどね、本当のことは判らないの、だから復活祭?になると、
この広場はお参りする人で人で埋まってしまうの」
大体、こんな要旨らしい、そう言われてみると、こんな小さな村なのに、
昼間の広場は、4、50台の車で一杯になってしまう。
識者のみに知られた隠れた名所らしい。
酒の話になる、女の子の飲んでいるのはストローベリーのビールだと。
受付けの女性、彼女は褐色の肌に蒼い眼、いかにもクロマニヨンの末裔のようだ、
彼女も何かのビールらしいもの、
「これは何のビール?」
尋ねると
「匂いを嗅いでみて」
と差し出す。
嗅いだことの有る匂いだが思い出せない、
「何とかよ」
と教えてくれたが、判らない。
「俺は日本酒が大好き」
「エー、アー、サキね、あのホットなのネー、あのスメル!」
と鼻を顰める。
「アルコール度は17.5%位しかないんだよ、俺は毎晩飲んでる」
「エー、毎晩?」
「なんで日本酒知ってるの?」
「以前、タイワンへ行ったことが有るの」
「オー、タイワンね、俺はタイペイに行ったことがあるよ」
「タイペイ? 知らないわ」
どうも、話が合わない、「タイランド」だった。



「ところで、あの少年少女達は何?」
「彼女たちは合唱団よ、今日も??で歌ってきて、さっき帰ったところよ」
やはり、プロだった。
「後で広場で歌ってくれるかもしれないわ」

三人で写真を撮り、送る約束の指切りをする。
受付けの女性が名前と住所を書いてくれた。
名前はLAURENCEとあった。
「何か飲まない? 俺がおごるよ」
「もう、飲み過ぎたわ」
「じゃー俺はもう一杯」
奥のカウンターで
「三人の分は俺が払うから」
席に戻ると、二人とももう目がトロンとしている、相当早くから飲んでいたらしい。

突然、あの歌声が響く、その声の方へ飛んでゆく。
何時の間にか燃え盛っている大きなたき火の前で、紺の上着に白いパンツに揃えた彼等が、
キチンと整列して歌っている。
たき火の反対側はお祭りの連中が聞き入っている。







さっきあれほど騒がしかった連中も美しいハーモニーに神妙に聞き惚れている。
一曲終ると盛大な拍手、拍手が止まらない、アンコールだ、結局、ドイツ民謡を三曲歌う。

歌い終わると、彼等は蜘蛛の子の様に散る。
いきなり宙返りする奴、電話ボックスに駆け込む奴、キャーキャーと普通の子供になる。
この間にも祭りは進行する、焚き火の上の飛び越しが始まった。
日本でもこれと同じ風景を見たことが有る、
老若男女が右から左へ、左から右へ、飛び交う、前後も始まった。
狂的とさへ思えるほど、皆熱中する。
むしろ、これを飛ばないと悪いことが起こる、そんな風だ。

ひとしきりして、またコーラスが始まった。
さっき、バーで一緒に飲んでいて二人も、それぞれ男性に寄添ってうっとりとした顔で聞き入っている。
蜘蛛の子が一糸乱れぬ歌声となる不思議、最後まで聞き惚れる。

バーに戻って、支払おうとすると、要らないというゼスチャー、
「LAURENCEから貰った」
と判るまで時間が掛かった、彼女が私の分まで支払ったらしい。
ここまで来て女性に酒代を支払わせるなんて、日本男児としたことが..
ツベコベ言っても仕方ない、後で日本人形でも送って上げよう。

部屋に戻って広場を見ると、焚き火の残り火だけが紅く光っている。


625
朝食時、引率の先生に
「昨夜、写真を撮ったので、もし送り先が判れば、送ってあげますけど?」
やはり、ドイツの??市の合唱団だった。
彼等の中に、双子の女の子がいる、毎日、衣裳を変えているが、二人とも全く同じ物に変えている。
衣服、イヤリング、髪型、マニキュアの色も同じだ。
その双子の一人が、今朝はシクシクしている、ホームシックだろうか?
もう一人が心配そうに覗き込んでいるのが印象的だ。

CADUIONの回廊、相当に古そうだ、アルルの回廊とはまた趣が異なる。
柱頭の彫り物は聖書の物語を擬しているようだ。
天井にも彫刻が幾つもぶら下がっている。
古い建物に興味がある者にとっては、大変な代物なのだろうが、こちとらには猫に小判。











昨夜話題になったキリストの衣服がガラスの箱に収められている。
真っ白な布の裾に繊細な刺繍、淡い青、赤、茶、黒の模様がほどこされ、気品を感じる。
日本や中国の意匠とはまた趣が異なる、成る程と思わせる代物だ。
所々の風化による傷跡が年代を物語る。
この衣服を纏ったキリストを想像し身震いする。

1800年代の記入がある褐色に変色した写真が何枚も飾って有る。
教会を中心に山高帽の紳士が整列している、相当に謂れの有る教会なのだろう。

広場に並んだ市で、リンゴとフォアグラを仕入れ、LAURENCEにもう一度礼を言ってYHを後にする。
丁度、
広場に入ってきた車から降り立った40歳くらいの品の良い日本人女性が怪訝そうにわたしの顔を見て、
直ぐ眼を伏せた。
「こんな所に日本人が..」
とでも言いたげに、連れの男と回廊の方へ静かに歩き去った。
これが、ブリーブに来てから始めて見る日本人だった。


ドンムを目指す、時間があればサルラも観ておきたい。
谷の向こうにドンムが全貌を現す。



「ドンムを観ないで死ぬのは.....」
とか、言われているらしいが、一方を川に、一方を断崖絶壁にした城塞は見る者を圧する。













百年戦争、宗教戦争の遺跡が残り、中世の大きな石門がシンボルになっている。
観光客が多すぎる、
中世の匂いのする裏町も人でいっぱいだ。







ずらりと並んだお土産物屋を冷やかす、木の細工品が多い。
此所で買った木の柄の折り込みナイフは絶品だ。


ブリーブの街に入る前にガソリンを満タンにして、レンタカーを返す。
10%引きと言う。
「確か25%引きと聞いていたが」
と粘る、紹介元のコルマールのユーロカーに電話を入れてもらって納得、
休日料金で安くなっているからとのことだ。
5日間で1200F、日本では考えられない。
これには多少仕組みがある、コルマールの友人の会社はユーロカーの上顧客、
上顧客には特別割引がある、これはヨーロッパ全土のユーロカーに通用する。
レンタカーを使う時はなるべくコネを利用することだ、思わぬ割引が有る。

ユーロパスは便利なようで不便だ、熟慮して決める必要が有る。
いろんな種類のパスがある、勿論値段が違う。
私が買ったのは、2ヶ月間有効、7回の使用可能、
ヨーロッパ5カ国、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、スイス、
の何処へ行ってもよい、座席指定、寝台車で無ければ予約無しでも自由、
何処で乗っても何処で下りても構わない、
という奴だ。
結局、今回はフランスとイタリアだけ、スイスは汽車でかすっただけ、
計算はしてないが、
普通に切符を買ったのと変わらないかもしれない。
ユーロパスのメリットを不消化な感じだ。

要所要所の、YH、ホテル、列車は日本で予約してきたが、
YH以外は予約不要のようだ、何処にでも予約の窓口がある。
ガイドブックは、
例えば、「フランス」よりも「アルザス」「プロヴァンス」の方が当然ながらキメが細かい。
但し荷物が増える。


予約済みの駅前のホテルへチェックイン。
いよいよブリーブともお別れだ、洞窟も半分も観ていない。
心残りの街も沢山有るが、まあ、旅とはこんなものだろう。



 

戻る

熟年の一人旅(欧州編)TOP