残念バンコク記4
20050918

お風呂に入って居眠りして目一杯ゆっくりして退院。
4日間の入院費は日本円で約18万円、
居心地が良い筈だ。

夕方から娘と居酒屋で退院祝い、



4日間の休酒の後の熱燗は体中を潤す。
湯豆腐にかます?の焼物はグーだ。
結構飲んで食べて550バーツ、日本円で1500円くらいか。



ここの居酒屋は一寸変わっている。
カウンターの中の女性が話し相手になってくれる。
後ろに並んでいるお酒、圧倒的に日本銘柄の焼酎が多い。



タイで気になってる事の一つ、
チェンの付く場所の名前が多いことだ。
チェンマイ、チェンラーイ、チェンコン、チェンセーンの話になる。
彼女はチェンラーイの出身との事、
あのゴールデントライアングルのある近くだ。
もう何年前になるか、あの辺りをぐるりと彷徨したものだ。
麻薬の巣窟と聞いていたがそんな気配は全く感じなかった。

夜、大事件が起こった。
パソコンがウンともスー言わなくなってしまったのだ。
ポルトガル情報は勿論、
ありとあらゆる情報が詰まっている安房守の頭脳なのだ。
簡単にメールも打てなくなった。

仕方なく、
近くのインターネットカフェへ出掛ける。
大きなデパートの通路のような空間を利用している。



幾つかメールを打ってから、パソコン修理屋を探す。
歩いて行ける距離にある修理屋を探し出しパソコンを持ち込む。
重症のようだ。
兎も角も、見積もりを出すとの事だ。
ポルトガル行きは三日後に迫っている。
パソコンの持参は諦めるしかないようだ。
長い時間掛けて溜め込んだポルトガル情報を持込めなくなる。

保険会社との保険請求書類作成に関するやりとり、
ポルトガルの宿の予約変更り、チケットの予約変更、
これらも全てパソコンの中だ。

頭の中が混乱し切った。
さー、どうしたものか。

その混乱した頭の中にふっと浮かんだ事がある。
今回の眩暈の原因がはっきりしてない。
その原因らしきものを思い出したのだ。
バンコク空港に到着した日、
あのミグレーションで頭を打って尻餅をついた。
あれが直接の原因ではないだろうか。

20050920

明日の出発を控え、最終的な診察を受ける。
歩いていて、何か、ふらつく感じがあり不安があったが、
その不安が的中した。
「血圧が異常に高いので入院して下さい」
また居心地の良いベッドに横になる。
こうなったらポルトガル行きを断念するしかない。
無念残念!

明日の便のキャンセルを済ませる。
11万円余りのチケットもゴミに化すと覚悟したが、
キャンセル代以外は返金が出来るとの事だ。
時間は掛かるようだ。

保険手続きはややこしい。
それでも日本語で会話が出来るので助かる。
保険手続きの電話窓口に辿り着くのに骨が折れる、
辿り着けば簡単だ。

ポッカリと3ヶ月の時間が空いた。
ホテルに戻っても詮無いので入院を延長する。
入院が6日以上だと、看護人を二人まで呼び寄せる費用が保険会社からおりる。
しかし連続の入院に限るそうだ。
従って、今回は呼び寄せ費用は出ない。

考えてみると、カードに付随する保険のお世話になったのは三回目だ。
麗江でのバスの事故の時、ラサでの高山病、そして今回。
年間1万円余りのカード会員費、十分もとは取った。

日本への帰国便は10月5日、あと半月余りタイで過ごす事になる。
リスボン、パリからの帰りに、
旧知の悪友Sと,カオサンで落ち合うことになっていたが、
これもご破算だ。

つづく