メコンに沿って(2)
ラオス・フェサイからルアンババン

雨のメコンをラオスに入国。
此処でも、$のTCがキャッシュにならない。
朝方、日が差していたのに突然のスコール、この雨の中を船、一瞬、不安が過ぎる。
ミグレーションでは、
大荷物の白人若者が、皆、自前で出国手続きをやっているようだ、



我々は、宿の男が全てやってくれる、その男に、
「ラオスの係員にリベートをやる」
と言われ、100バーツを請求される。
一列にしか坐れない艀が雨のメコンを波切って進む。
時折、艀の屋根から雨水が滝の如くに流れ出す。

ものの5分で、対岸のフェサイ、チェンコーンよりも港らしい港だ。
デューテイショップも幾つか並んでいる。
すぐ入国事務所、例の男が全てやってくれる、100バーツは安い。

 

フェサイ

港から階段を上がるとフェサイの街並みに出る。
と言っても家並みは100も続いていない。



、AC付きの部屋の有るホテルを尋ねると、
「あそこだけだ」
と指差されたのは、100メートル程離れた小奇麗なホテルだ。
「俺が聞いて来てやる」
と相棒が歩き出した。
激しい犬の吠え声が起き上がった。
見ると、道の真ん中で、二匹の犬が相棒に向かって吠え立てている。
相棒は傍らから持ち出した棒切れで必死に応戦だ。
犬の方が驚いてるようだ。

「AC付きの部屋は満員だそうだ」
仕方なく、近くのホテルに入る。
3階の部屋しか空いてない。
私の不満顔を見て取った相棒は、
「AC付きじゃなきゃー嫌だ、3階は嫌だ、なんて奴は始めてだ。
お前さん想像以上に我侭だなー。
何時もどんな一人旅してるんだい」
私以上に、彼のペースが狂ってきたらしい、そろそろ限界に来たようだ。
3階に上がって扇風機を廻すと、確かに、メコンの川風が心地よい。



少し歩くとラオスの田舎が広がる。



お宮らしい石段を上がる。

 

昨日過ごしたタイ側が一望できる。
滔々とメコンが流れる。




始めて会った日本人は沈香商人

例によって昼寝を済ませ、街へ、中国料理と看板のある食堂に入る。
通りでは一番大きな食堂だが、それでも丸いテーブルが5、6個の店だ。
中国人の経営、生け簀の鯰を蒸してくれた。
狭い店の客は我々以外に二人、
一人はイギリス青年、札幌で英語の先生をし終えて、
英国への帰り道だそうだ、日本語が巧い。
もう一人は得体の知れない中老の日本人、
チェンセン以降初めて会った日本人だ。
娘さんらしい女の子も一緒、
結局、五人がテーブルを囲んでの乾杯となる。

 


中老の日本人はUさん、Uさんが話してくれた。
彼は沈香の材料を買い集める為に、既に一ヶ月間此所に滞留している。
何かの木が死滅する時に、その木の成分が全てその根に集まり地中に埋もれる。
これは、この辺りの山地にしか採れない。
「これがその沈香です」
と、泥の附いた根っ子を何本か無造作にテーブルの上に投げ出す。
幽かに芳香が漂う。
後で、相棒が、
「あれだけの根っ子でウン十万円、いや、ウン百万円もするんじゃないかな」
と言っていた。


メコンの船旅を断念

今回の旅での相棒の最大の目的は、
メコンで釣りをする、コーン滝を真近に観る、そして、
此処フェサイからルアンブラバンまでのメコンの船旅、だ。

ルアンブラバンまでは高速船で7時間、スロウボートでは2日の行程。
二人で船を検分に出掛ける。
街の東外れが高速船の発着所、西外れがスロウボートの発着所、
発着所と言っても草生した土手に泥んこの階段が出来ているだけだ。
高速船は、言ってみれば、競艇用のカッターに毛が生えたようなもの、
スロウボートの方は巾が3メートル、長さが20メートル位の木枠が剥き出しの木造船。

 

床は隙間だらけの板敷き、屋形船の様な屋根があるが吹きっさらし、
当然、どちらもトイレもない。
もう少し、観光船らしきを期待していた私は怖じ気がつく。
胃腸虚弱の私には、無理なようだ。
相棒は大分迷っていたが、宿の主人の、
「以前、高速船が岩に衝突して死人が出た事がある」
と聞いてびびったようだ、折からの雨もあって、彼も断念。
フェサイの街が気に入った私が、
「俺は2、3日、此処に居るよ、本調子じゃないし..」

「こんな所に居てもしょうがない、俺は一足先に行くよ」
飛行機の切符も簡単に手に入った彼は、翌朝、ノッシノッシと出て行った。


アルマジェロ

部屋で寝っ転がっていると、最高の気分、何もしたくなくなる。
メコンの川風が心地よい。
誰かが置いて行ったのだろう、
何冊かの本の中の村上龍の「コインロッカーベービー」を一気に読んでしまう。
陰惨な本だ。
通りに出ると、少数民族衣裳の女達と行き交う。

 

ラオスの人達はゆったりと歩く。
白人のバックパッカーが多い、三分の一は二人連れ。
沈香屋のUさんも、通りをウロウロしている、
なにしろ一本しかない表通り、何回も行き合う。
いかにも穏健な顔付きのUさん、口ひげが良く似合う。
昨日の中国店に入ると、Uさんを中心に店の人達が昼食の最中、
美人の奥さんが仲間に入れと誘う。

ビールを4本程下げてテーブルに加わる。 
上海留学中のUさんの姪御さんも一緒だ。
料理の中に、黒い肉の煮付け、何と、アルメジェロなのだそうだ。
私が珍しがると、冷蔵庫から出してきた。

 

相棒が目を吊り上げて口惜しがるだろう、そんなに美味しいものではない。

Uさんは散歩の途中の川岸で転んで腰を打ったとか、手足のバンソウコウが痛々しい。
彼はポルトガル語が専門とか。
「沈香、欲しそうな顔をすると、値が釣り上がってしまうのです。
だから、欲しそうな顔をしないで、辛抱強く、向こうから持って来るのを待っているのです」
普通のサラリーマンには出来ない、名刺を見ると、東京の赤坂に事務所を構えている。
羨ましい商売が有ったものだ。
Uさんは良いけど、遊び盛りの姪御さんにとっては、ここでの一ヶ月は苦痛かも判らない。


グーチャッチャ グーチャチャ

始めは何か電気系統の音と思ったのが、ヤモリの鳴き声だ。
何時も部屋の壁に2、3匹引っ付いている。
最初は気持ち悪かったが、直ぐに馴れた。
馴れれば可愛いものだ。

 

しかし、このファンを廻しての快適さは何だろう、
日本の7月初旬、ファンを廻した部屋には居たたまれないだろう。
温度計を見ると27度、蒸し暑さが無い、理解出来ない涼感だ。
相棒が言っていた、
「3階の方が快適だよ」
が実感だ。


ラオスの布地

ブラブラしていたら、調子が戻ったようだ。
近くの旅行会社へ様子を聞きに行く。
旅行社と言っても建物も中身もまるで物置のような店構え、
明日の便が空いてると言うので、その場で購入、 45$?。

通りの店の何軒かにぶら下っている布地が目を惹かれる。 
ラオス名産の織物、冷やかしのつもりが急に欲しくなって10枚ほど仕入れる、
50$が高いのか安いのか判らない。



普通の衣料店だから、ぼられている事は無いとは思うが。
荷物を整理して、不要なものを郵便局から小包で送る。
特に面倒な事はなく送ることが出来た、86000キップ。
ラオスでは$でもバーツでも、当然キップでも通用するのは良いが、
計算に疎い私には、支払いのたびに頭を悩ます。


鶏が啄ばむフェサイ空港であわや拘束?

トゥクトゥクを雇って空港へ、10000キップ。
緩やかに傾斜している野原の真ん中に有るフェサイ空港は滑走路よりも緑の方が多い。
昔、何かの映画で観た南海の孤島の飛行場のように、
管制塔の付いた小さなコンクリートの建屋が一つ有るだけだ。
その建物を遠巻きにして藁葺きの茶店のようなものが幾つか並んでいる。

 

 

あたりには、鶏が餌を啄ばみ、時々、犬と追っかけごっこをしている。
サンダル履きの乗客も交じる。
白人は一人も居ない。
彼らはあの船でルアンババンへ向かうのだろう。
汚い机が二つ並び、机の上は書類だかゴミだか判らない。
真っ先にチェックインを済ませる。

暫くすると、凄まじい音を立てて双発プロペラ機が草叢の中から現れた、
Y−12Uと書いてある。



15、6人の客が降り、荷物も降ろされる。
と、操縦席から降り立った操縦士が草叢に向かって放尿しだした。
次ぎは我々乗客が乗り込む番だ。
一番後ろに並んで乗り込もうとしたら、恐ろしい事が起こった。
係員が最後の私の前に割って入って、私を押し止める。
何かの理由で拘束でもされるのかと、映画の主人公のように辺りを見廻す。
ピストルの様なものを持った人間は見当たらない。
係員の一人が駆けてきた。
その男はニヤニヤしながら、英語で、
「満員だ、あんたは次ぎの便だ」
17人乗りの18番目に並んだのだ。
ルアンパバンまで行って返って来る90分待ちだそうだ。
飛行機が飛び立つと静寂が訪れ、やがて、人っ子一人いなくなる。
のそのそと藁葺きの茶店の一つに入り、木の椅子に坐る。
「冷たいビール」
と注文すると、氷を入れようとする。
氷は恐い、仕方無しに生暖かいビールだ。


第二夫人? 第三夫人?

少し高台に有る飛行場からはメコンが見渡せる。
メコンを挟んでタイ側はなだらかな平野、ラオス側は険しい山並みが連なる。



おばさんが気の毒そうに話し掛けて来るが、言ってる事が判らない。
近くで軍鶏が喧嘩を始めた。
鶏も犬も寄って来る。
極まりない長閑かさだ。

子供を抱いた愛想の良い若い奥さんがやってきて隣に坐る。
まだあどけなさが残る。



手振り身振りで話し掛けて来る、とても人懐こくて天真爛漫。
写真を撮って上げると、何時の間にか、ゾロゾロと子供が出てきた、
ヨチヨチ歩きから幼稚園位まで4人が彼女の子供だそうだ、奥さんは30歳。

「写真を送って上げるから住所を」
と言うと、字が書けないらしい。
奥さんが振り向いて声を掛けると、小学生位の男の子が飛んで来て、住所を書く。
彼も子供だと言う。
「旦那を送りに来た」
と言って、両手を放り出すようなポーズを取る。

生暖かいビールを二本も飲んだ頃、
係員が呼びに来て、私を一番前に並べさせた。
「今度は、あんたが一番先だ」
と言ってるようだ。
轟音を伴ってY−12Uが姿を現し、同じ風景が繰り返される。
操縦士も5、6歩草叢に近づくと、やおら、放尿。

飛行機の入口近くに、さっきの奥さん子供たちが並ぶ。
さっきまでの明るい顔に、一瞬、暗い影が過ぎる。
どうも、第二夫人か第三夫人らしい。

 走り出したかと思うといきなり飛び上がったプロペラ機は雄大なメコンに沿って飛ぶ。 
音は煩いが揺れは殆ど無い。
やがて雲の上に出る。
さっきの奥さんの旦那が斜め前の席、脂ぎって、とても精力的だ。





赤い顔をして周りの人に声を掛ける。
私にも日本語で話し掛けてきたが、無視した。


静かな佇まいのルアンパバン

 

ルアンパバン空港も可愛いい。



何人かの人がさっきの旦那に頭を下げる。
ピカピカな大きな皮鞄を下げている、お偉さんなのだろう。

客待ちしている2台のタクシーと一台のトゥクトゥク、
そのトゥクトゥクを選び街まで、30バーツ。

乗り合わせた4、5人を、一人一人門前まで送り届ける。
通りを一寸外れると、車は大海の小船の様に凄まじく揺れる。
地図にあるインフォーメーションの場所で降ろしてもらう。

ところが、インフォーメーションらしきものは無い。
たまたま、隣に有ったレストランでビール、街の中心にしては静かだ。
時折、格好の良い足を投げ出した娘さんがオートバイで横切る。
目の前には学校の運動場のような広場、
その一方の側に、少数民族の露店が一列に並んでいる。





疎らな客の殆どは白人だ。

隣は真新しいホテル、
一晩20$を、三晩40$、TC払いに交渉して投宿。
冷蔵庫、温水シャワー、AC付き。
ここも中国系の経営、隣のレストランも一緒らしい。 
ルアンバパンのど真ん中の一等地に店を構えている。
やっと、$のTCが使え、お釣も$で貰えた。 

ルアンパバンに行ったら必ず、
と言われているプーシーの丘に登る。
登り口に関門が有って、500キップ取られる。
息を弾んで登った頂上で、
幾人かの白人に交じってメコンに沈む夕日を眺める。
眼下には静まり返ったルアンパバンの街が一望出来る。





宿に戻って、ヌードル食べて、横になる。
相棒の居る筈のホテルに電話したが出掛けているらしい。
まだ宵の口なのに、一旦、横になったら起き上がれなくなった。
ACが煩いのが皮肉だ。


ゲテモノ酒

ゆっくり寝たお陰で体調も戻ったようだ。
隣の西洋風レストランでトーストとコーヒー。
100メートルも無いところの朝市をブラつく。
食物の種類の多さに目を見張る。
トマト、青野菜、タケノコ、豆類、蜜柑、バナナ、パパイヤ、椰子の実、マンゴ、
あと名前の判らない野菜、果物が、
今採れたばかりに輝いて、ズラリと並べられている。





少なくとも、食べ物には困らなかったであろうラオスの人々の生活が窺える。
同じような自然環境にあっても、
戦争に巻き込まれた国、そうでない国とで、国力に差が付いたのだろう。
市場を行き当たるとメコンに出る、
朝の心地よい川風を体全体に浴びて川岸を散歩する。





高い椰子の木に攀じ登った男が椰子の実を放り投げる。
川岸に並んだボート屋の男が声を掛けて来る。

目の前でボートツアーの交渉をしているらしい髭面と目が合った、
紛れも無い相棒だ。
「午後の船を予約した、お前さんもどうだ?」
「止めとく」
どうも、舟は苦手だ。

「昨夜、見付けたんだが、その先に面白い酒がある」
と相棒が先に立った。
万屋のような店先に、いっぱいの瓶が並んでいる、
ガラス瓶に交じりプラスチックボトルもある。
その一つ一つには、蛇、蛙、百足、?など様々なゲテモノや薬草らしい植物が入っている。

「お前さんも、やってみるか? 元気でるぜ!」
と言われ、試してみる気になった。
薬草の匂いがして、強い強い、50度以上は有るだろう。
やはり、私は日本酒の方が良い。
そう言えば、彼は、日本でもあまり日本酒を飲まない。

真っ赤になった彼は、
「そこにも面白い物が有るぜ」
とまた先に立つ、名前を忘れたが、孵卵途中の卵だ。 
殻の割れ目から既に形の出来た鶏の胎児が覗いている。
「食ってみるか?」
流石にこれには手、口が出ない。 
最高に美味しいこのあたりの名物だそうだが...

「俺は朝から釣りをして、散歩して疲れたから、宿で一休みする。
夕方一緒に飯でも食おう」
と帰って行った。


行方不明の王様の王宮

タイでもそうだったが、ラオスでも昼下がりは人通りが絶える、皆、昼寝の時間だ。
こんな時間に歩いているのは観光客だけだ。
頭の天辺からギラギラする日差しを受け、王宮博物館へ。

 

かって、ラオス仏教の中心地として栄えた王国の都、
こじんまりとはしているが、
やはり王宮だけあって格調が高い。
内部の装飾は黄金に輝き、壁のモザイク模様は見事だ。
古い仏像が威厳をただす。
600年に渡り栄えた王国の最後は哀れだ、
1975年の革命で 、王と王妃は何処にか連れ去られ行方が判らない。
王宮の裏側には、一部始終を見て来たであらうメコンがとうとうと流れる。
王宮のテラスからメコンを眺め感慨に耽っている白人女性、
傍を通り過ぎても、身動き一つしない。




二人目に有った日本人はお喋りな女の子

メイン通りには、白人の好みそうな土産物屋、レストランが店を連ねる。





珍しく、日本人が声を掛けて来た、20歳前後の女性だ。
「日本人です、 か?」
と、私を覗き込む仕種、白い歯がキラキラ光る。
「TCを無くしてしまって、どうしたら良いか判らないのです」
「でも、40$ばかりだから..」
「でもいいか、日本円で4600円だから、諦めます。 帰ってから手続してもよいし。 
話してもカタコト英語、電話するとラオス語、全然通じないんです」
「私、オーストラリアの人とシェアーしてます」
一方的に話す。
「夕方、友人と食事するけど、その友人は詳しいから、
もし良かったら来てみたら?僕のホテルはあそこ」
と指差すと、
「じゃーもしかしたら」
と別れて行く、久しぶりで日本語が話せた事で満足の様子でもある。

夕方、相棒が引っ越して来た。
ツインの部屋なのに一日5$増しと言われた相棒は目を吊り上げている、
不思議なシステムだ。
シャワーの水量が乏しい。 
直すか部屋を変更するかを要求すると、三階に部屋替えすることになる。
ベランダが気持ち良い。

「あれじゃないか?」
相棒が顎をしゃくる。
ベランダの真下になるホテルの入口で、さっきの彼女が中を覗っている。
大声で声を掛け合い、
「7時にみんなで夕食しよう」
と決まる。

さあ、その前に一風呂浴びようとしたが、お湯が出ない。
何人かが出たりは行ったりしても治らない。
結局、シャワーだけは元の部屋でという事になる。
部屋に戻ってクーラーを入れるが、どうも効きが悪い。
ボーイが来て、
「この部屋のクーラーは壊れています」
と平然と言う。
相棒が怒り出した。
「ここのホテルは高い、しかし、クーラーも温水も有ると言うからペイした。 
完全に直すか、デスカウントするかしろ!」
と血相を変える。

また、何人か来てゴソゴソやっていたが、両方とも治らない。
汗が滴り落ちる。
結局、元の部屋にまた戻る。

  そうこうしている内に、彼女がやって来た。
事情を話して少し待ってもらう。
オーストラリアの友人は来ないようだ。
二度も部屋替えして、フーフーして表に出る。
相棒はまだ腹の虫がおさまらないらしい、闇夜に向かい煌煌と目を光らせている。

  彼女が昼間見たというメコン沿いの”素敵”なレストランへ行く事となる。
一寸、横道に入ると、だんだん暗い道になる、街灯が疎らで足元が覚束ない。
「あまり暗い方へ行くと危ないよ、電気が消えると真暗闇に成るよ」
彼が言い出した。
ラオスは停電が多いと聞いている。


勇敢な日本女性
大通りに引き返し格好のレストラン、
ビールでラオス料理を摘んでいる内に相棒のご機嫌も直ったようだ。
彼女は上海大学に留学中、もう二年目に入る、
一ヶ月前に上海を出て雲南からラオスに入って来た。
驚く事を言い出した。
彼女がシェアーしているというオーストラリア人の友達は
金髪のお嬢さんと半ば期待していた我々は、
「お友達はどうしたの?」
「彼は何処かへ出掛けました」
相棒と顔を見合わせる、流石の相棒も口が開いたままだ。
暫く声も出ない。
相棒も私も、二人の娘を持っている。
相棒が穏やかに言う、
「彼って、、、恐くないの?」
「何も変な事はしません。 そういう人種は顔を見れば判ります。
親切じみて寄って来るには危ないんです。
人が好いと好色とは違います。」
何を言ってるのか良く理解出来ない。
「お家の方はご存知?」
「家には旅に出てる事も、そんな事も知らせません。
余計な心配するだけですから」

キチンと足を揃え、食事のマナーも我々と違って正式、
どう見ても、普通のお嬢さんだ。
暫く親子の話題になる。
彼女のお父さんは、我々よりも一世代後の現役らしい。

明日、ラオスのガイドブックのコピーをしてあげる約束をして、
門限ぎりぎりに彼女を送り届ける。
後で飲んだ不味いコーヒーのせいか、
彼女のショッキングな言動のせいか、仲々寝付かれない。
ロビーに下りてビール。


釣りそこねたメコンの魚は大物

早朝、ガタガタと相棒が釣りから戻って来た。
「メコンの魚は大きい、針をみんな取られてしまったよ」
満足そうに微笑む。
  隣のレストランで朝食を済ませ、ビエンチャンへのエアーチケットを手配しに出掛ける。
バクセーへ急ぎたい彼だったが、今日の便は取れない。 
二人とも明日の便が取れた。
それにしても手際が悪い、一時間以上も掛かってしまう。
これから観光化が益々進むであろうのに、他人事ながら気になる。
カウンターのラオス娘の涼しい優しい笑顔がせめてもの慰めだ。

 


郊外のお寺、扉の金銀色細工が見事、お寺の裏はメコン(支流?)。

 







  

 





ラオス料理店でラオスカレー、春巻でビールを三本。
がらんとした店の中にラオスの織物、竹細工が無造作にぶら下り、
時々、鶏も店の中に入り込んで来る。
時間が止まった様だ。


ホテルを換える相棒

ホテルに戻ると、ロビーで二人の日本女性が笑いかける。
相棒と同宿の女性達だ。
また、ビールだ。
フェサイで一緒に食事したイギリス青年にばったり逢う。 
彼はあのスピードボートでメコンを来たのだと。
若者は羨ましい。
食事を誘うと、
「残念だけど、先約が・・」
と両手を掲げ、別れてゆく。

ホテルに戻ると、
「俺はホテルを換えるぜ、夕飯にまた来るから」
と価値観に鋭い相棒は引っ越して行った。


物凄いラオス式按摩

腰が痛み出した。
当たるも八卦、当たらぬも八卦で、ラオス按摩。
葦簾張りの部屋に薄い布団が敷いて有る。
扇風機を片手にぶら提げてきた老人に近い太目のおばさんが、
「横になれ」
と言う。
半分、ラオス美人を期待していたのに...

  

足の裏から揉み出した。
足の間に膝を入れて仰向けになった足の先から丹念に揉み上げる。
始めは皮を鞣すように擦り、何処かでツボを抑える。
アバラ骨を一つずつ探ってゆく。
今度は、腹ばいになった背中に、おばさんが全身が乗り上がった、
不思議な事に重さを感じない。
いわゆる、ツボに乗っかっているのだろう。
膝と手と足の指で急所を抑える。
背骨の一本一本の間をなぞるように、緩急を付けて、体中の関節をポキポキ鳴らしてゆく。
痛いと心地よいの中間を行ったり来たりだ。
日本でも按摩は常習だが、これほどの按摩は経験無い、
いかにも、按摩をやったと言う感じなのだ。


 

 

つづく