慶州の巻3 玉山書院
雑談しながらバス停に辿り着くと、彼は、
「貴方こっち、僕はこっち」
と反対の方向を指す。
どうも彼は慶州には行かないらしい。
当てが外れた。
筆談を交えやっと理解出来たのは、
「僕は今夜の遅い汽車でソウルへ帰る。
まだ時間が有るので「玉山書院」へ寄って行きます」
との事、渡りに船とばかりに方針変更、彼に付いて行くことにする。
なかなかバスは来ない、30分に一台だそうだ。
形ばかりの待合所は有る事は有るが、幹道から少しずれている。
しかも、目指すバスはその広い幹道の向こう側を通る。
それらしいバスが来ると彼は飛び出して行くが、なかなか、捕まらない。
やっとのことで目当てのバスに乗り込んだ。
一人だったら、まだ、橋の袂でウロウロしているだろう。
4,50分程して降りたところは、これまた田んぼの真ん中。
「玉山書院はあっちです、3km程です」
と彼が示す方向に一本道が彼方まで伸びている。
炎天下だ。
何時しか、2、3歩ずつ遅れがちな私に、
「大丈夫?」
と言う風に彼は振り返り歩を緩める。
「私は二年間の兵役を経験しました。
とても辛かったけど、心身が鍛えられました」
定期的に40km?だか50km?の行進があり、
重装備で13時間?程歩くのだそうだ。
日本の若者達には考えられないことだ。
道端に自転車が転がっている。
丁度向こうから来た乗用車から男が降りてきて畦を覗き込むと、
中年の男が倒れ込んでいる。
車の男が声を掛けると、中年の男が薄目を開ける。
酔っ払いらしい。
車の男は自転車を起こし、落ちていた帽子を拾い上げ、
パタパタと埃を払うとハンドルに掛け、また何か話し掛けると
走り去っていった。
これも日本では余り見掛けない風景だ。
後ろからタクシーが走ってきて一本道の彼方へ消えて行く。
「今度来たら、タクシーを。。。」
と思っているが、二度とタクシーは来ない。
もう1時を回っているのに二人とも昼食を取ってない。
そうこうしている内に、何軒か食堂らしきものが現れた。
しかし、どの店も、鍵が掛かっている。
「平日だから」
と彼は言う。
行き着いたのは「獨楽堂」、
16世紀の初頭に活躍した良洞生まれの著名な学者、
李彦迪が引退後に過ごした別邸らしい。
清いせせらぎに面した風流な佇まいだ。
そのせせらぎで莚を広げている人々...
一寸戻った田んぼの向こうに気の利いた食堂、
彼は駆け出して行き、何か話して戻ってきた。
「ここは高い、安いところを教えて貰った」
と先に立つ。
良洞村のと同じような、民家とも食堂とも区別が付かない食堂に、
べったり座り込んで、食事を放り込む。
素うどんに何種類かの野菜が煮込んである、薄い塩味が淡白でいける。
ここでも何種類かのキムチとおしんこうがキチンと付いている。
二人だけの客に、主人とおかみさんは手持ち無沙汰だ。
玉山書院、
四方を深い山に囲まれ、渓流を前に、
宝物に指定された建物が、木々の間に立ち並んでいる。
朝鮮王朝時代のこの地方の著名な私学校のようだ。
往時は下人だけで200人を超したというから相当な規模だったのだろう。
建築には不案内な私にはまるで猫に小判だが、
彼はあちらこちらで座り込んでは書物を開いている。
良洞村の書院群よりも規模は大きいが、質実剛健さには変わりない。
何の飾りも無いが、建物の一つ一つに深い味合いを感じる。
立地条件と言い、建物、庭の草花と言い、風流味はあるが、
日本の、侘び寂び、とは異なる。
バス停で小一時間程待つ間付近を歩く。
爽やかな風の通る橋の下では男達が花札に興じている。
ぐっすり寝込んでいると慶州の街へ入り込んだ。
10時発のソウル行き迄の時間、彼に付き合うことにする。
折から、TVで日本/オーストラリアのサッカー放映だ。
観客は騒々しい、心なしか日本への応援の方が多い様に思える。
日本が1−0で勝って気分良し。
「○○の歩き方」お勧めの店に入る。
座ってから気が付いたが、アルコール無しの禁煙。
若い女性で超満員だ。
美人が多い、多い。
昔、山登りから帰った時、みんな美人に見えたものだが、
そんな感覚かも判らない。
あらためてビールを求めて歩き出すと骨董屋が目に入った。
彼も嫌いではないらしい。
「観るだけ」
と覗き込む。
白磁、青磁、新羅時代の瓦、仏像、書、絵画...
面白そうなものが沢山ある。
気さくな親父にが、
「コーヒー、飲むか?」
と誘われて断るはずは無い。
親父は日本語も話す。
やがて、家系図を取り出した。
話には聞いてはいたが凄いものだ。
700年の歴史が有って、同系人は40万人とか。
「民画はある?」
と聞いてみた。
ゴソゴソと取り出した民画、噂に聞いた事がある代物、
(クリックすると拡大します)
のどから手が出るほど欲しかったが、荷物になるので諦めた。
青磁の水差し40000ウオン、掌ほどの硯50000ウオン、
両方で50000ウオンで掛け合うと、
「友達だ、仕方ない」
とOKが出た。
硯の方は掘り出し物かもしれない。
ホテルの一階のカフェでビールで乾杯!
大きな皿でつまみがごっそり出て来た。
こちらは、昼間のキムチやお新香の様にはいかない、ばっちり取られた。
しかし、彼のお陰で慶州が堪能出来た。
駅まで送り再会を期す。
つづく
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